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2日目・午後

 子供達を家まで送り届けると、遠山は大竹の方をちょんちょんとつついた。まだプンスカしている美智と、ケンカ腰の設楽から少し距離を取って、遠山は大竹と2人で並んで歩く。 「何?智一、彼女いんの?」 「さぁ、どうだかねぇ」 「知ってんだろ?」 「過保護な兄貴だなぁ」  大竹が苦笑すると、遠山は「ほっとけよ」と憤慨した。 「なぁ、マジでどうなのよ。智一と彼女って」 「それを聞いてどうすんだよ」 「だって、美智が可愛そうじゃん」 「そーゆーの、世間では何て言うか知ってる?」 「うるせーよ!」  遠山がイヤそうに顔をくしゃくしゃにした。どうやら自覚はあるらしい。 「や、俺も詳しくは知んねーよ。あんただって高校ん時、教師にテメェの恋バナなんかしなかったろ」  そう言われればそうかと、遠山はやっと納得したようだ。大竹から設楽の話を聞き出すのを、どうやら諦めてくれたらしい。  だが、それで終わらないのがこの男のウザイ所だ。 「で、明日はどうすんの?」 「さぁ。俺は適当にその辺散歩してのんびりしようと思ってるけど」 「じゃあ、智一借りて良い?」  奇妙な兄妹だ。妹が何も言わずにいても、兄貴が全部その意を汲んで妹の良いようにお膳立てをしている様に見える。  兄が単に気を回しすぎているのか、それとも妹が兄の操縦法を心得ていると言うことか。  妙にやる気満々の遠山に、大竹はなんだか苦いものを感じた。 「それは俺じゃなくて、設楽の了解を取れよ」 「そんな顔すんなよ。ちゃんと大竹には俺が付き合ってやるからさ」  俺がどんな顔をしているというのだ。第一、何でせっかくの休みに、目の前で設楽がよその女と一緒にいるところ見ながら、こんなうるさいシスコン野郎と一緒にいなければならないのだ。設楽が美智と出かけるのなら、せめて自分は1人にしてもらった方が、よっぽど親切というものだ。 「俺は1人で良いから、俺のことは気にすんな」 「イヤ、俺も1人で暇なのよ。量子光学にご興味は?先生?」 「……夏休みくらい、仕事から離れろよ」 「論文持ってきてるけど、見る?」 「あんたの大学の来年度入試問題になら興味あるけどね。せめて助教クラスならともかく、研究助手のあんたには関係ない話だろ」  忌々しげに厭味を垂れても、この厚顔無恥な男はまるでこたえる様子もない。 「刺すね~。大竹先生は、マジで刺してくるね~」  イタタタタと胸を押さえながら、遠山がニヤニヤ笑う。 「まぁさ、本当に明日は智一借りるよ。先生もせっかくの夏休みだから、仕事から離れてゆっくりしてて」  仕事であいつと一緒に来た訳じゃねぇよと口の中で呟いて、大竹は足元を見ながらますます言葉少なになった。 「じゃ、そーゆうことで、ヨロシク!」  遠山が名残惜しそうな美智と2人で帰って行っても、気分は晴れなかった。  明日のこと。美智のこと。親戚のこと。2人のこと。  2人の、これからのこと。  何だか急に肩の周りが重くなった気がして、せっかくの心づくしの夕食にも、あまり味が感じられなかった。 「先生、大丈夫?」  部屋に戻るなり心配した設楽が顔を寄せてきたが、そんな設楽の顔もかなり疲れていた。 「あぁ…、お前もな」  ぽんと設楽の頭を叩くと、「風呂入ってくる」と大竹は部屋を出た。  たっぷりと張られたお湯をざぶりと頭から被り、大竹は目を閉じた。  自分がどうしたいのかは分かっている。  どうすべきなのかも、同じように分かっている。  その2つが相反しているから、全く身動きが取れないのだ。 「どうしたもんかなぁ……」  覚悟は色々してきた筈なのに、こんな風に現実を突きつけられると、弱い。 「俺が揺れれば設楽が困るだろ。しっかりしろ、俺」  鏡に映った自分に気合いを入れながら、「まずは今夜、あいつに好き勝手されねーようにびしっと言ってやらないとな!」と自分に言い聞かせて、大竹は風呂場を後にした。

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