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3日目の朝ー3
「行こう、先生!もう東京に帰ろう!?ここにいたって1つも楽しい事なんてないよ!1つもだ!!」
何事かと、奥からおばあちゃんが顔を出し、子供達も不思議そうに設楽を見上げていた。
「どうしたの?智一?優?ケンカ?」
おばあちゃんの途惑った声を聞いて、やっと遠山は「悪かったよ」と呟いた。それから苦虫を噛み潰したような顔で、設楽を恨めしげに睨む。
「そんなに、美智が厭なのか」
遠山にとっては目に入れても痛くない妹だ。身内の贔屓目を抜きにしても、確かに美智は可愛い顔をしている。だから遠山にしてみれば、何故自分の妹がここまで設楽に厭がられないといけないのか、訳が分からないのだろう。
でも。
「優兄は美智が大事すぎて、俺の事情なんか何にも考えてくれないじゃないか。俺の気持ちは何もかにもガン無視で、自分達の良いように俺に押しつけて振り回してる。そんなの腹立つに決まってんだろ!?同じ事されたらどう思うんだよ!?美智に今すぐ同 クラの男と付き合えって言って、美智が他に好きな奴がいるって言ってんのに、良いからこいつにしろって暗い部屋の中に美智と男が閉じこめられたら、あんたどう思うんだよ!あんたのやってることは、それと全く同じ事だよ!!」
それだけ言い捨てると、設楽は大竹の腕を引っ張って、後ろも見ないで自分達に宛がわれた奥の部屋に向かった。
大竹は手を引かれながら遠山にすまなそうに目で合図を送ると、遠山も気まずそうに笑って見せてから、目を伏せた。
「おい、設楽」
大竹が声を掛けても、設楽の顔色は変わらなかった。部屋に入るなり、設楽は本当に荷物を乱暴にまとめ始めた。
「なぁ、設楽」
「もう帰ろう!」
「おい」
「もう厭だ!」
「待てって」
荷物をまとめる設楽の手を押さえると、振り返った設楽は一瞬大竹を睨みつけて、それから大竹の襟首を掴むようにして、その胸に顔を埋めた。
「……あいつら、お前が帰ってきて少し浮かれてんだよ」
「でも!」
「少なくとも、おばあさんはお前に美智と一緒にいろとは言わねぇじゃねぇか。可愛い孫のお前が怒って帰っちまったんじゃ、おばあさんが気の毒だろ?な?」
「何言ってんだよ!」
設楽は大竹の目を、信じられない物を見るような目で見つめた。この期に及んで自分をここに引き留めるつもりか。どうして?
「あんた俺が美智と2人でいて、腹立たないのかよ!俺はあんたが優兄と一緒にいるの見るのだって厭なのに!」
設楽の腕がぶるぶると震えている。大竹は困ったように設楽の腕をそっと押さえて、その腕の震えを止めた。
「俺は、お前が俺を好きだって知ってるから、平気だ」
その台詞に、設楽は虚をつかれたように目を見開いて、大竹を見た。
「そりゃ俺だってお前があの子と一緒にいるところを見るのは腹が立つし、できれば見たくねぇよ。お前の隣りにあの子が並んでると、俺なんかと違って、すげぇお似合いに見えちまうしさ」
「先生…っ!」
設楽が焦って大竹の胸に縋ると、大竹は設楽の腕を押さえていた手を背中に回し、設楽の体を抱きしめた。
「やっぱお前は女の子と一緒になって、世間一般で言うところの幸せって奴をちゃんと掴まえた方が良いんじゃねぇかとか、中学ん時女と付き合ってたんだから、これから先お前が女の方が良くなる可能性はあるよな、とか、そうなったとき、俺はどうするのがベストなのか、とか、そういうことは今回たっぷり考えた。つうか、目の前でお前が女といちゃついてるんだから、イヤでも考えさせられた」
「先生……」
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