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4日目・登山ー3
「もー智くん、速いよ~!少しはこっちに合わせてよね~!」
美智が拗ねた声を出すと、浩司が「ゆっくり歩くのって疲れるもんなんだよ。智一足長いから、速く歩きたいんだろ?」とフォローした。
「だって、せっかく一緒に登ってるのに……」
「だったら、別行動にする?」
設楽がさらっと言うと、美智は慌てたように「しないもん!」と叫んだ。
その台詞に設楽は舌打ちしたくなったが、何とかそれを表に出さずに大竹の脇をつつく。大竹も小さく頷くと、地図を広げて浩司に見せた。
「今のペースだと、このルートは無理じゃありませんか?」
最初に示されたルートは、浩司と大竹、設楽の3人で登ることを前提にしたルートだ。美智のペースに合わせていては、確実に登り切ることは出来ない。
「うーん、そうなんだよね。このペースだと、ここのポイントからこっちの迂回ルートで帰るようかな」
大竹が黙って口を曲げた。大竹は、自分が顰めつらして無言になることが、相手にプレッシャーを与えることを重々承知しているのだ。案の定浩司が地図と大竹を見比べ始めた。浩司の顔が、あからさまに焦っている。
「え~?でもそれじゃ、頂上見れないじゃん!俺頂上からの眺めが見たいのに~!」
設楽がもう一押しする。
「いやでも今日は女子もいるからさぁ!」
遠山も引かない。例え今の状態では一緒に登っているとは言えないとしても、美智と智一を一緒に歩かせてやりたいのだろう。だが遠山にしても美智にしても、この状況が余計に設楽の印象を悪くしているとは何故考えないのか、不思議すぎて逆に不気味だ。
しかし可哀想なのは間に挟まれた浩司だ。先程から設楽と遠山、双方からプレッシャーを掛けられ、オロオロしている。
浩司は、設楽の父親から2人の登山ガイドを頼まれた時、「東京で色々あったから、智一を先生と2人で気兼ねなく好きなようにさせてやって欲しい」と頼まれていた。そして今日設楽を山に連れて行くと言った時、遠山からは美智への援護射撃も頼まれたのだ。
最初は別に美智への援護射撃ぐらいなんて事ないだろうと思っていた。美智は身贔屓を抜きにしても可愛い子だ。あんな可愛い子に言い寄られて、いやな気持ちがする男子がいるだろうか。
だが、今朝からのやりとりを見ていると、智一の態度がとにかく美智によそよそしい。道々に聞いた話では、どうやら智一には東京に好きな女の子がいるらしいのだ。
「でも、まだ彼女っていう訳じゃないんだって。だから、頑張ろうと思って」
美智はそう言うが、正直、惚れた女が地元にいて、帰省先の親戚の女の子に言い寄られて、鬱陶しいと思う智一の気持ちも分かるのだ。いや、自分が美智みたいな可愛い子に言い寄られたら、正直彼女がいたって悪い気はしないだろうし、片思いくらいならさっさと乗り換えてしまうかもしれない。でもそれを鬱陶しいと思うのだから、智一は東京の彼女が本気で好きなのだろう。まだ一方通行だからこそ、他の女に目がいかないのかもしれないし。
智一の父親が言っていた、「東京で色々」というのも気になる。わざわざ教師と一緒に帰省させるほどの「色々」が何だったのかによっては、美智の存在を苦痛に感じることもあるだろう。
登山のルートの話の筈なのに、浩司はとんでもない難問を突きつけられたように、うーんと唸った。
その時。
「でも設楽、確かにもう今からじゃ頂上は無理だろ」
まるで浩司に助け船を出すように、大竹が地図を見ながらルートを指さす。
「そうですよね、先生!!」
美智が嬉しそうに大竹を見る。逆に浩司はどこか腑に落ちない顔をした。
あれ?この先生、美智の味方なのか?
だが大竹は地図を丹念に指で辿りながら、「あ」と、ある一点を指さした。
「設楽、お前、頂上じゃなきゃダメか?」
「え?」
大竹が指さしたポイントは、視界の開けた見晴台だった。
浩司が示した引き返しポイントと頂上の中程にあり、そこからの迂回ルートも確保できる。
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