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4日目・登山ー4

「ああ、そこは景色良いよ。高度は低くなるけど、ちゃんとこの辺の山が見渡せるし、今日なら富士山も綺麗に見えると思うよ?」  浩司は頷いて、今度は遠山を見た。 「俺、今日は智一に登山をさせて欲しいって武兄(たけにい)に頼まれてここに連れてきたんだよね。悪いけど、今のペースじゃ智一は山登りを楽しめないと思う。昼食までは一緒にこのペースで登って、その後は別行動にしよう」 「でも美智は!?」  なおも食い下がる遠山に、さすがに浩司は溜息をついた。 「美智はまたいつでも来れるだろ?」 「ちょ……待ってくれよ、浩おじさん!」 「優!」  珍しい浩司の大声に、遠山と美智がびくりと肩を震わせた。 「お前達は山になんて興味ないんだろ?智一は山に登りたくてここに来たんだぞ?こんな事は言いたくないが、美智が足引っ張って智一に迷惑かけてるって、いい加減気付けよ!」  そのきつい一言に、即座に美智が目に涙を溜める。 「言い過ぎだ、浩おじさん!」  遠山の台詞に、美智は大袈裟に顔を手で覆ってみせた。 「ひどい、浩おじさん!私、頑張って歩いてるもん!智くんと一緒に歩きたいだけなのに、何でそんなひどい事言うの!?」 「何でも泣けば良いんだから、女は簡単で良いよな」  ぼそっと呟いた設楽の声は小さく、さすがに大竹にしか聞こえなかったようだが、そう思ったのは設楽だけではなかったようだ。 「美智…、お前さぁ、そう言う態度が智一にウザがられてるって分かんないわけ?」 「ひ…、ひどい、浩おじさん!」 「あぁもう、ケンカはやめ!!」  大竹が大きく手を打つと、美智と浩司はまるで急にそこに大竹が現れたかのように、不思議そうな顔で大竹を見た。 「それじゃあ昼の休憩までは設楽もペースを落として周りに合わせること!せっかくの山なんだから、君も泣かないこと!浩司さん、俺が最後尾を歩きます。設楽は彼女と仲直りしてこい」 「えー!?」  今度は速攻で設楽が厭そうな顔をしたが、大竹が睨むと渋々設楽は美智に「ごめん」と謝った。 「ううん、私こそごめんなさい」  美智もすぐ機嫌を直して2人で先頭を歩き始める。  後列に回った大人3人は、自然と太い溜息をついた。 「しかし智一は、本当に大竹先生の言うことなら聞くんだなぁ」  遠山が少し嫌味っぽく言うが、大竹は気づかないふりをした。 「生徒が教師の言うことを聞くのは、条件反射みたいなもんさ」  それには「ふぅん」と曖昧に答え、遠山はチラリと大竹の顔色を窺った。 「なぁ、東京で智一、何があった訳?」 「守秘義務がありますので、黙秘します」  何度話を振られても、大竹の返事は変わらない。  実際、生徒が何か問題を起こしたからといって、夏休みの外出に教師が同行することなどある訳がない。そんなこと、それこそ生徒の人権問題に繋がる。何故設楽の父親がここの連中にそんな言い方をしたのか分からないが、皆がそう思っているのならそう思わせておけば良い。  大竹は先を歩く2人の姿を見つめていた。あんなやりとりがあった後だというのに、もう嬉しそうに頬を染めている美智が不思議だった。女は強いというか何というか……。うちの学園にもいるな、あぁいう異様に恋愛体質な女子。恋に貪欲で、自分の欲望に忠実だ。羨ましいとは思わないが、少しは見習わねば……とは思う。ハンターのように獲りに行くのは自分の性格上無理なのだが、もう少し自分の欲望に正直になった方が良いのか……。  いや、ダメだ。今正直になったら、設楽が爆発する……。  少々悶々としながら歩いていると、いきなり当の設楽が振り返った。

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