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5日目・朝ー2
当然だが、大竹はその名前に全く覚えがない。慌てて追いかけてきた設楽に「一本松の所の俊彦くんって知ってるか?」と話を振ってみると、設楽も不思議そうに暫く考えていたが、そのうち思い出したように「あぁ!」と頷いた。
「俺より1個上の俊くんだよね?あれ?うちと親戚だったっけ?」
「あぁ、この村に住んでりゃ大抵どこかで親戚だけどね。ほら、智一は子供の頃年が近いからよく遊んでもらったでしょ?」
「うん、思い出した。それで俊くんが先生に何の用?」
当然だが、設楽にも全く思い当たる節が無く、それはおばあちゃんも同様のようだった。
「9時頃ここに来るから、それまで出かけないでくれって話だったよ。さ、それまでにご飯済ませちゃおうね」
「はい」
何となく落ち着かない思いで食事とった。取り敢えずその俊彦くんの話を聞かないことには、どこかへ出かけることも出来ない。
「先生、今日は何するつもりでしたか」
気を遣ったのだろう、伯父さんが味噌汁を啜りながら尋ねてきた。
「午前中は町まで行って、バーベキューの準備をしようって言ってたんです」
「バーベキュー?」
なぜバーベキューなのか、不思議そうに伯父さんが聞き返してきた。
「はい。皆帰ってきたら、夜バーベキューしませんか?」
「俺、こないだバーベキューやって、すごい楽しかったんだよ。伯父さんも一緒にやろうよ」
設楽の楽しそうな顔を見て、伯父さんはやっと合点がいったように笑った。高校生の旺盛な食欲なら、田舎作りの食事よりも、やはり肉をがっつり食べたいのだろう。伯父はそう納得したようだ。
「そうか。じゃあ誰かに肉でも買いに行かせるよ」
伯父さんが頷くと、設楽が慌てて首を振った。
「そうじゃなくて!お世話になってるお礼に、大竹先生がご馳走してくれるって!俺も父さんから予算出してもらってるんだよ!」
東京に帰る前に一度バーベキューをしようというのは、東京にいる時から決めていたことだ。大竹が全部持つと言ったが、さすがにそれは設楽の父親が首を縦に振らず、予算を半分持たせてくれてる。おばあちゃんと伯父さん達家族と自分達で、こぢんまりと楽しもうという計画だが、誰かに買いに行かせて、などとなると、またご馳走されてしまうし、初日のように話が大きくなってしまうかもしれない。
「まぁ先生、遠いところから智一を連れてきて下さっただけでもありがたいのに」
おばあちゃんが恐縮するが、2人は頑として譲らなかった。
そんな押し問答をしていると、珍しく玄関の呼び鈴が鳴った。時計は9時丁度を指していた。
「あ、俊彦くん、いらっしゃい。ちょっと待っててね。大竹先生~」
おばあちゃんに呼ばれて玄関先に行くと、そこにいたのはやっぱり知らない子だった。初日の歓迎会にも参加していなかった俊彦は、初対面の大竹を前にして、緊張した顔でこちらを見上げている。
「初めまして。荒井俊彦と言います。藤光学園の大竹慎也先生ですか?」
「ああ」
大竹が頷くと、俊彦は「良かった」と小さく笑った。
ひょろりと背が高く、少し神経質そうな銀縁の眼鏡をかけているが、笑うとなかなかの好青年だ。
「あの、僕東栄ゼミナールのサテライト生で、宮嶋先生の夏期特別集中講座を受講しているんです」
「あ、そうかなるほど……」
そう言われて、やっと大竹は納得したような顔をした。
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