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5日目・朝ー4
「そんな訳ないだろ。有名なのは宮嶋で、あいつは色々と忙しいから、俺はテキスト作成をちょっと手伝ってるだけだっつーの」
「でも宮嶋先生のテキストや模擬問題は本番の入試問題とそっくりだって有名です!そのテキストを作ってるのは大竹先生だって、宮嶋先生もいつも言ってますよ!?」
「だからそれはあいつの講義用ネタトークだろ!自分を落として受講生に親近感を抱かせる、ありきたりなネタトークだ!テキストに関しては宮嶋の分析がすごいだけで、俺は言われた通り文章に起こしてるだけなんだって」
妙にキラキラした目で見られると本当に困る。これはアレだ。たまたま仲良くもないクラスメイトが卒業後にアイドルになったら、それだけで自分まですごいすごいとファンに囲まれるような気まずさだ。あぁ!設楽が微妙な顔でこっち見てる!もうなんだこの居たたまれなさは!!
「で、本題は?俺をヨイショするために来た訳じゃないんだろ?」
「あ、そうでした!!」
慌てて俊彦はテキストを広げた。
「質問はメールでやりとりできるんですが、回答をいただけるのが宮嶋先生本人ではないことも多いし、やっぱりなかなかこっちの分からないツボが伝わっていないときがあって、せっかく先生がこちらにいらっしゃってるなら、夏休み中の所申し訳ないんですが、直接教えていただきたい点が何点かありまして……」
「宮嶋ほど巧く解説できねーぞ?」
俺ただのテキスト担だから、と大竹が言うと、これには設楽がムキになって言い返した。
「何言ってんの!?先生の授業はメチャクチャ分かりやすいよ!!」
「あーくそ、良いな智一藤光生で!!」
何が良いのか、すっかり2人で盛り上がってしまっている。これではもう今日の予定は決まってしまったようなものだ。
まぁ、確かに大竹自身も進学校と名高い藤光の教師ではある。それに自身の作ったテキストで充分な理解が得られなかったと言われれば、とことんつきあってやる義務もある。仕事上の相方である宮嶋の受講生なら自分の生徒も同然だし、第一、勉強したいとやってくる奴には、例えそれが自分の生徒でなくても面倒を見てやりたいと思うのは、教師の性 のようなものだ。
「分かった。受験生の頼みは断れねぇ。その質問点はまとめてあるのか?」
「ありがとうございます!あ、それで先生、実は家に、ネット配信の授業を落とした奴があるんです」
「ん?このテキストの奴か?あれ、ネット配信してたっけ?」
「いえ、それは去年の奴なんですけど、一応そっちも取ってるんです。良かったら、一緒に放送を見ながら教えてもらえたらと思って」
「え、マジ?」
今度、目を輝かせたのは大竹の方だった。
「俺配信授業見たことねぇんだよ。良いのか?」
「はい!ぜひお願いします!」
「ちょっと待ってよ!先生行くの!?」
すっかりその気になっている大竹を、設楽が慌てて呼び止めた。
前々から思っていたが、仕事バカにも程がある!彼氏である俺をほっぽり出して、こんなとこでまで仕事優先ですか!?
設楽は今までアホ扱いしていた「私と仕事、どっちが大事!?」と詰め寄るバカ女の気持ちが、初めて分かったような気がした。
だが、振り返った大竹は、「おう!お前も来るだろ?」と、さも当然と言った顔をしている。
「え!?良いの!?」
自分も一緒にと言われれば話は別だ。
こんな所まできて勉強するというのもナンだが、大竹と別行動するのもいやだし、有名予備校のトップ講師の講義をただで聴けるというのも何かすごくお得な気がするし、何より大竹が俊彦と2人きりになるなんて、そんなの見過ごせるはずがない。あんなキラキラした目で大竹を見ている俊彦と大竹が2人きりだなんて……!!!
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