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5日目・朝ー5

「あぁ。あいつの授業、俺なんかよりよっぽど分かりやすいから、お前の勉強にもなるぜ?なぁ、俊彦くん、構わないか?」 「本当は受講生以外に見せちゃいけないんだけど、智一はテキストの内容ももう知ってるみたいだし、大竹先生が良いなら良いんじゃないですか?」  俊彦が笑顔で頷くと、設楽は小さくガッツポーズをした。 「やった!そう来なくっちゃ!じゃあ筆記用具持ってくるから待ってて!」  設楽が笑顔で部屋に戻りかけたとき、いきなり「おい」と呼び止められた。  遠山だ。  今の今まで遠山達が来ていることも忘れていた。これから出かけようというのに、何だというのだ。 「智、大竹は仕事だろ?仕事に付いてったらまずいんじゃないの?なぁ、智は俺らが預かるからさ、大竹は気兼ねなく仕事して来いよ」  いかにも大竹を気遣うような台詞を吐きながら、遠山が何を狙っているのかは明白だ。何なんだ、この男は。どれだけ迷惑だと言ったら理解するのか。 「いえ、優さん。智一も受験生だし、一緒でも全然問題ないですよ。な、智一。配信授業受けてみたいだろ?」  俊彦がさりげなく助け船を出してくれると、設楽は当然その船に乗った。 「うん。配信授業って興味ある。ちょっと行ってくるね」  それに大竹の友達だという講師のことも気になる。毎週毎週火曜日に一緒に仕事をしているというその講師がどんな奴なのか、前から気になっていたのだ。こんなチャンスは滅多にない。 「待って!それなら私も行く!」 「はぁ!?」  無理矢理ついて来ようとする美智に目が点になる。何だこいつ!一体何様なんだ!! 「何、美智?化学の授業に興味でもあるの?理数系?」 「まさか!でもすごく有名な先生なんでしょ?それなら私も見てみたいし」 「受講生じゃないのにそれはまずいよ!」  俊彦がまっとうな返しをしたが、「それなら智くんだって受講生じゃないでしょ!」と美智も引かない。ここでケンカが始まってしまうと受験生の貴重な時間を無駄にさせることになるし、こないだのことがあるから、美智を振り切って行くのはばあちゃんの手前がある。設楽はギリギリしながら美智をギロリと睨みつけた。 「分かったよ!お前がダメなら俺もダメだって理屈は間違ってない。先生、俺は気にしないで俊くんち行ってきて」 「え?でも……」  そのあまりの設楽の剣幕に、俊彦がオロオロして大竹と設楽、それから美智を見比べた。 「いや、設楽、それなら」 「良いから!受験生なんだからこんなとこで無駄話してたら時間が勿体ないでしょ!その代わり、授業終わったら続きの質問はこっちに戻ってきてからにして!」  自分のために「なら行かない」と今にも言い出しそうな大竹に、その台詞を言わせないようにする。今ここで大竹が俊彦の頼みを無碍にするのは、学校での大竹を見ていればあり得ない行為だ。そのあり得ない行為を自分のために取らせる訳にはいかない。 「設楽…」 「良いから。先生が受験生放っておけないのは知ってるから、行ってきて」  何かを堪えているように足下を睨みつけている設楽の頭に、大竹はぽんと手を置いた。 「分かった。終わったらすぐ戻ってくる」 「うん、行ってらっしゃい」  大竹が素早く靴を履き、まだオロオロしている俊彦を連れて足早に出かけていくと、設楽はムカムカした気持ちを抱えたまま、全く空気を読むつもりのない遠山と美智を睨みつけた。

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