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5日目・再びおばあちゃんの家ー1

 90分という時間は、あっという間にに過ぎていった。俊彦は必死な顔でテキストを見ながら、液晶の向こうに立つ友人の説明をノートに書き留め、時々大竹がそこに補足を入れていく。短期集中講座は受験に必要な要点をガンガン詰め込んでいくので、ついていくだけで必死だ。浪人生と違って、現役生の俊彦にしてみれば、まだ習っていない話も大量に出てくる。テキストにはたくさんの予習の跡が見えて、彼の努力が見て取れた。  この手の生徒に、もちろん大竹は弱い。  90分の講義が終わると、俊彦は大きく肩で息をした。 「先生、ありがとうございました」 「何言ってるんだ。本番はここからだろう。設楽んちで質問大会すんだろ?」 「はい!ありがとうございます!」 「あ、この後の講義は良いのか?サテライト校は今日休み?」 「はい。今日は元々休みです。それにネット配信授業の方は、ちょっと細工してあって、録画できるようにしちゃったんです。へへへ、内緒ですよ?」 「分かった。じゃあ安心しておばあさんちに行くか」  腰を上げた2人に「せめてお昼ご飯くらいは召し上がっていってください」と引き留める俊彦の母親を何とか振り切って、ついでにお礼の品だとか、じゃあお土産をとか言って押しつけようとする品物も必死に断って、何とか2人はおばあちゃんの家に向かった。 「あれだけ予習復習をしっかりしてるんなら、君の先生は教え甲斐があるだろうなぁ」 「と、とんでもないです。覚えなきゃいけないことが沢山あって、とても追いつかなくて……」  帰り道を急ぎながら、世間話のように先程の感想を述べる。やたらと恐縮する俊彦に、大竹は珍しく優しい声を掛けた。 「そんな事ねぇだろ。宮嶋のクラスは確か本校で直で受けようとすると足切りテストがあるって聞いたぞ。それについて行けるんだから、結構優秀なんだろ?」 「いや、でもサテライトには足切りテスト無いですし、受けるだけなら誰だって受講できるんだから……」  俊彦は不安げに溜息をついて、困ったように大竹を見た。  日本人の悪い癖だが、単に恐縮して見せているのか本当にそう思っているのか微妙なところだ。受験生がこの時期自分を見誤るほど不安になるのはよくあることだが、受験は気合いだ。 「そんな自信なさそうにすんな。お前がやった事はやった分だけお前の血肉になってるんだ。謙虚なのは結構だが、自信を持てないと萎縮して、本番で実力が出せなくなるぞ。自分の努力を信じろ」  俊彦は大竹の顔をマジマジと見ると、嬉しそうに「はい!」と大きく返事をした。その返事に、大竹も満足そうに頷いてみせる。 「まぁ、現役生は問題を解いた数がどうしても浪人生には及ばないが、数より質だろ?あいつの講義で問題の意味が全く分からないっていうならまだしも、ついて行けてるなら可能性はあるさ」 「そ、そうですよね!じゃあ最後にやる到達度テストで合格ラインを取れれば、見込みはありますよね!?」 「当たり前だろ。そこ取れれば科学で足切られることはねぇよ」 「はい!!」  頬をも真っ赤にして意気込む俊彦を見ると、ついついからかいたくなるのは大竹の悪い癖だ。 「まぁ、他の科目の出来にもよるけどな。専門の科学と数学は出来て当たり前、差がつきやすい英語が合格ライン決めるんだ。そっちはどうよ?」  わざとニヤニヤと笑うと、俊彦は「うわ~!分かってますよ!先生、結構意地悪ですね!?」と身悶えた。 「あははは、藤光生に聞いてみろ。俺は学園一嫌われてる『クソジジィ』で有名なんだよ」  笑いながら大竹はおばあちゃんの家の玄関を跨いだ。  その途端。 「どういう意味だ!」  家の中から激しい怒鳴り声が聞こえてきた。設楽の声だ。大竹は俊彦と目を見合わせてから、慌てて靴を脱いだ。

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