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5日目の夜ー3
「先生、今日は本当にごめんなさい」
「お前が俺に謝らないといけない事は、なんにもしてねぇだろ」
自分の謝罪を決して受け取ってくれない大竹に、設楽はなんと言っていいか分からなくなって、1番言いたい事を言う。
「……好きだよ……。先生のことが、好き。俺を嫌いにならないで」
「ならねぇよ。ほら、とっとと寝な」
「うん」
今日は気を張って疲れたのだろう。それから暫くすると、すぐに設楽は寝息を立て始めた。
「俺を嫌いにならないで、か……」
大竹はそっと体を起こして、眠る設楽の顔を覗き込んだ。
目元には涙が溜まっている。大竹はその涙を唇で拭いながら、自分の手を握りしめたままの設楽の手に、空いている左手を静かに重ねた。
「それはこっちの台詞だ、設楽……」
設楽の存在は、大竹の中でかけがえのない物になっている。これからたくさんの新しい出会いを迎える設楽が、自分の元を去っていくのではないかと、怯えているのは自分の方だ。
だが大竹は、それを設楽に見せることは出来ない。
いつもで余裕綽々 の顔を設楽に見せているのは、それが大竹の性格ということもあるが、それよりも本当は怖いからだ。
設楽が自分から離れていくのが、大竹には怖かった。
だから設楽の好きな意地悪で余裕のある「大竹先生」を、設楽の前では見せ続けなければいけないのだ。
「設楽…」
―――俺を嫌いにならないで―――
そんな可愛らしい台詞は、大竹には言うことができない。
これから先も、第二、第三の美智が現れて、設楽を俺から取り上げようとするのだろう。設楽はいつまでそんな美智達を振り切って、俺の手を取ってくれるのだろう。
「……俺がお前を信じてなきゃいけないって分かってるのに、ダメだな……」
設楽を失いたくない。
でも、設楽を縛り付けたくもない。
いつか設楽が自分の手を離しても、設楽の負担にはならないように。もし後ろを振り返ったとき、いつもの自分を思い出してくれるように。
その為に自分は、いつでも設楽の好きな「大竹先生」でいたかった。
「設楽…」
せめて、設楽が少しでも長く自分の隣りにいてくれますように。
大竹は設楽の手をもう1度握りしめた。
それから唇にそっとキスをして、自分の布団に戻り、眠るようにと努力した。
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