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6日目の朝ー2
「……先生、智一は未成年ですよ……?」
「もちろん知ってますよ?自分の生徒ですから」
大竹がニヤリといたずらっぽく笑ってみせると、伯父さんは呆れたように一息ついて、それから「まぁ、智一はうちの倅 なんかよりよっぽど酒は強いんですけどね」と、こちらもニヤリと笑った。
「そうなんですよ。焦りました。ビール2本空けても顔色すら変わらなくて、しょうがないからバーボンに誘導して、やっとベラベラ喋り出して」
「ははは、そん時の先生の顔が目に浮かぶようですね」
あの時、酔った設楽は元々誰かに全てぶちまけたかったのだろう、ボロボロ泣きながら呂律 の回らない舌で、話の前後も飛びまくらせながら、事の始めから最後まで微に入り細に入って語り出したのだ。
その当時、設楽のへの気持ちもまだモヤモヤとしていただけだった大竹は、男同士のそういう世界があることは知っていてもそれが実際その辺に転がっている物だとは思っていなかったし、自分の設楽に対する気持ちがそういう物だとも思っていなかったから、とにかく青天の霹靂 というか目から鱗といか、頭をぶん殴られたような思いでその告白を聞いたのだ。
だが大竹にはそんな概念は無いし、タチとかネコとかいうのが何のことかすら分からないし、サンドウィッチと言われても食べ物のサンドウィッチしか知らないし、呂律も回ってないし、話はあちこち飛んで一貫性がないし、自分も結構酔っぱらってるし、むしろ話の内容に焦って酒量は増えていくし、だから設楽が何を言っているのか、始めはさっぱり理解など出来なかった。
設楽が潰れた後に1人で必死に話の筋をくっつけて、何とか理解できるように筋道を立ててみたのだが、考えれば考えるほどその話はおぞましく、到底本当のこととは思えなかった。
あの高柳と山中がそんな事をしているというのも開いた口が塞がらないし、ましてそこに設楽を引きずり込んだというのも意味が分からない。
あの2人が付き合っているのなら、何故そこに設楽を巻き込まなければならないのか。何故設楽が2人の間で苦しまなければいけないのか。山中が高柳と付き合っているとして、その山中が何故設楽を抱くのか。しかも高柳の命令で、高柳の目の前で?
話の概要が理解できると、大竹は思わずえづいた。吐き気がするのは酒を飲み過ぎたからという訳ではない。
パートナーのいる男を好きになるという事は、そんな仕打ちを受けなければならないほど悪い事なのか。
設楽はただ山中を好きになっただけだ。山中が高柳と付き合っているのなら、さっさと設楽が失恋して、それで終わりになればいいだけの話ではないのか。こんなボロボロになって苦しまなければならない意味が、大竹には分からなかった。
何故設楽がこんな目に遭わなければならないのだ。しかも、本来生徒を守り導く立場にある筈の教師から、何故。
その憤りは大竹の中の設楽への憐憫だとか庇護欲だとかを大きく育てた。
もう高柳に振り回されて、山中の事で泣いて欲しくなかった。
設楽を守ってやりたかった。
俺の腕の中で、傷ついた設楽を休ませてやりたかった。
その気持ちは形の見えなかった何かを刺激して、日を追うごとにその何かに1つの形を与えていった。気づかない振りをする事も、目を逸らす事も出来ないほど、その形ははっきりとした形を取り、日に日にその重量は増していく。
設楽が、好きだ。
土曜に1人にでいたくないと言った設楽の逃げ場所を提供してやる。確かに最初はそんなつもりだった。純粋に土曜日、設楽が何も考えずにいられるように、外に連れ出して気を紛らわせようと思っただけだった筈なのに。
だが気がつくと、それはただの口実になっていた。逃げ場を提供するという耳触りの良い言葉で自分を誤魔化して、ただ設楽に自分の傍にいて欲しかっただけなのだ。
「先生?どうしました?」
自分の思考の淵に沈んでいた大竹は、伯父さんの声にはっとして顔を上げた。
「ああ、すいません。何か色々あったなぁと思って」
「はは、それだけ長い事、先生が智一の面倒を見てくれてたってことでしょう?」
伯父さんの思いやりが滲み出た笑顔に、大竹は少しだけ申し訳ない気持ちになった。
目の端に捉えた設楽の手は止まっていた。さっきよりも大竹に近い場所にさりげなく移動して、2人の会話に聞き耳を立てているらしい。
一応竿を構えてはいるが、でも設楽は何だが叱られた子犬のような顔をして、じっと蹲っている。
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