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6日目の朝ー3

「違いますよ。俺、本当に一緒に遊びに行くような友達がいなくて。設楽が俺と一緒にあちこち出かけてくれる事が、嬉しくて堪らなかったんですよ」  そうだ。設楽と過ごす土曜日を心待ちにしていたのは自分の方だ。  あの頃から俺は、設楽をもうただの生徒とは思えなくなっていた。 「今日ここに来たのだって、デイキャンプしようって設楽に誘われて、のこのこ迎えに行ったら設楽のご両親が待ちかまえてて。ものすごい接待をしてもらって、気がついたらここに来る事に決まってたってだけなんですから。設楽のご両親ってそっくりですね。あの息の合った攻撃は防ぎきれませんよ」 「あははは、すいませんね、うちの弟が。あの2人は年は結構離れてるんだが、双子みたいにそっくりでねぇ」  その時の様子が目に浮かぶのだろう、伯父は楽しそうに笑って了解した。  つまり大竹は、心配したような学校からの付き添いではなく、本当に智一の友人としてここに来たのだ。本当にそれだけだったのだと、伯父は納得したらしい。 「それより、設楽があんな事を言ってしまって、皆さんにご迷惑がかかるんじゃないかと、そちらの方が心配です」 「何、それは大丈夫ですよ。色っぽい人妻に手解きしてもらったって話でしょう?皆身に覚えがあるんだ、男共は羨ましがりこそすれ陰口なんて叩きませんよ。それに女共だって、それなら私はどうかしらなんて、急に色気づいてるしなぁ」  面白そうに釣り竿を垂れる伯父に、大竹は素直に頭を下げた。 「すいません、お手数をおかけしました」 「違いますよ、先生」 「は?」  何が違うのかと伯父の顔を見つめると、伯父さんは顔をふっと柔らかく緩めた。 「美智が何人かの友達に智一の文句を言ってなぁ。そういう噂が回るのは確かに早いですよ。だが俺が話を聞いたときには、もう色っぽい年増の話になってたんです」 「じゃあ、誰が……」 「火消しに回ったのは、(すぐる)ですよ」 「……遠山が……?」  それは大竹にとって、意外な名前だった。美智の為なら他人の気持ちもその場の空気も全く読もうとしなかった遠山が、何故。 「優は優で、色々思うところがあるんでしょう。でも、悪い子じゃない。美智は……美智がああして我が儘いっぱいに育っちまったのもまぁ……俺は身内だから分からなくもないんですよ。でもそれは先生や智一には関係のない話です。だから先生達にはもう謝るしかないんですよ」  伯父さんの顔は生真面目に歪んでいた。何か事情でもあるのだろうか。だがその事情を聞き出そうとは思わない。伯父さんには伯父さんの事情があり、遠山家には遠山家の事情があるのだろう。  それでも美智のやり方は行き過ぎだった。  自分はあくまでも設楽の側の人間で、それがどんな事情であってもその事情に振り回されたくはない。  大竹はただ「伯父さんには良くしていただいてます。何も謝っていただくような事はないでしょう?」と笑って、大きく竿を振った。  それが合図のように、2人は話を止めた。  川の水は涼を誘い、心地良さげに流れている。時々魚が跳ねて、きらりと銀色の飛沫が立った。  2人はそうして暫く黙って釣り竿を垂れていたが、ふと思い出したように設楽に視線をやると、設楽も慌てて竿を振った。分かりやすい奴だ。そういえば、設楽は授業中に居眠りしてもすぐにばれる。そういう要領の悪さが、大竹には可愛かった。 「おい、何匹釣れた?」 「え……まだ4匹」 「俺は5匹だ。お前の負けだな」 「え!?何で!?先生いつまでって、時間制限言わなかったじゃん!自分が勝ったところで終わるなんてずるいよ、先生!延長戦!延長戦希望!!」  設楽は元気よく立ち上がると、張り切って釣り針に餌をつけ直した。 「よし!それじゃあ俺も参戦するか!」  伯父さんが腕をぐるぐる回して宣言すると、設楽は焦って反対した。 「伯父さんは地元なんだからダメだよ!毎日のように釣ってるじゃん!!」 「勝った奴が1番良い肉を食えるんだろう?」 「わぁ!ダメだってば!!」  そのまま3人はわいわいと賑やかに釣り竿を振り、バーベキューで食べるには多すぎる魚を釣り上げても、まだ帰ろうとはしなかった。

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