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6日目の午後ー3
山中を好きになったことは後悔していない。あの気持ちは自分の中で今だって特別な物だし、山中を好きになったからこそ大竹への気持ちに気づくことが出来たと、そう思っている。
それでも。
もし大竹が他の男と寝ていたことがあるとしたら、自分は気が狂うかもしれない。それが例え大竹が自分と知り合う前だとしてもだ。
それなのに、自分はあんな事をしてきたのだ。大竹のよく知った男達と、あんな事を。
「先生はやじゃないの!?俺はやだよ!先生、全部知ってるくせに!俺のしてきたこと、全部知ってるくせに……!!」
取り乱して半狂乱になった設楽の体を、大竹はしっかりと抱きしめた。設楽が泣こうが暴れようが、大竹の力強い腕ははそれを全て包み込む。
次第に設楽の体から力が抜けてきて、替わりに震えるような嗚咽 が漏れだした。
「う…、うぅっ…、ふくっ、んん……っ」
自分に縋って泣きじゃくる設楽の頬に、大竹はそっと唇をつけて、小さな音を立ててバードキスをした。何度も何度も、それは設楽が落ち着くまで繰り返され、背中を大きな掌 が優しく動いていく。
「先生、俺……」
「……あんまり俺を見損なうなよ」
設楽の頭をポンポンと叩いてやると、設楽は眩しそうに大竹を見上げた。
「人間ってのは、テメェの食った物とやって来た経験を材料に出来上がってんだ。だから今のお前はお前が過去にやってきた事の積み重ねで出来てる。俺はお前に惚れてるし、どんなお前でも俺はお前を選んだんだ。だから俺は、お前の過去なんかのために、お前を否定したりはしない」
大竹の揺るぎのない瞳は、夜空に浮かぶ北極星だ。
見上げればいつでもそこに輝いていて、設楽の中の真っ暗な闇に小さな灯りを照らしてくれる。
「……先生……」
きつく、大竹の背を掻き抱く。
厚い胸板。広い背中。
大竹の全ては設楽の全てを優しく包み込む。
「先生っ、先生…っ!」
「もう2度とそんな事考えるな」
「うんっ、うん、ごめんなさい……!」
大竹は設楽の髪に何度も口づけた。シャツの胸が設楽の涙でしっとりと濡れてくる。肩の震えが収まるまで、大竹は何度も何度も設楽の髪に口づけを重ねた。
「好きだ、設楽。お前が信じらんねぇって言うなら、何度でも言ってやる。俺はお前が好きだ」
「俺もっ!俺も先生が好き!」
車のフロントグラスに、木漏れ日がチラチラと緑の影を作る。
どこかでチチチと鳥の鳴き声が聞こえた。
大竹は大きな体を窮屈に屈めたまま暫く設楽を抱きしめていたが、そのうち「ごめん」と小さく謝った。
「え?」
「いや……俺が、お前を不安にさせてんだよな?……俺がお前を抱かないからさ……」
「う…」
それは確かにその通りだが、もう大竹の性格上、卒業するまで本当に何もしてくれないということは、さすがに理解している筈だったのに……。
「ごめんなさい、先生。本当はちゃんと分かってるんだ。ただ……先生にあの事を全部知られているのかと思うと、俺……」
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