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6日目の夜ー1
その日の夕飯は予告通り、伯父さんの息子夫婦が帰ってきてから庭でバーベキューだった。おばあちゃんと伯父さん夫婦、息子さん夫婦とのその子供達、大竹と設楽というこじんまりとした、だが内輪だけの楽しい会となった。
設楽の従兄に当たる息子さんは明日から3日ほど夏休みを取るので、今日は飲むぞと張り切っている。設楽の噂を色々聞いているだろうに、何も言わずに買ってきた肉を旨い旨いと食べている従兄に、設楽はありがたくて切なくなった。
「おい、魚も今朝釣りたてだ。旨いから食べてくれ」
伯父さんが山女魚や岩魚、鮎を串焼きにして渡してくれると、大竹はそれを設楽に手渡しながら「ほら、お前肉は脂身しか喰えないんだから、魚喰っとけ」とニヤニヤ笑う。
「も~!良いよ~だ!俺川魚好きだから!先生は逆に肉だけ喰ってろよ!」
「イヤ、俺2位だから肉も魚もいただくよ?」
「何だよそれ!調子良いなぁ!」
2人がいつもの調子でやっていると、息子夫婦がゲラゲラ笑った。
「あははは、先生と智一って、なんか漫才コンビみたいだなぁ!」
「先生がボケで、俺がツッコミでしょ?」
「何で俺がボケなんだよ。お前がボケろ。俺がハリセンでド突いてやるから」
「ほらほら、お口がお留守になってるよ。智一も先生もちゃんと食べなさい」
「は~い」
食事も中盤まで進み、そろそろ肉よりも酒がメインになってきた頃、大竹はふと視線を感じて庭の外に目を向けた。昼間は明るく拓けている辺りだが、夜はうっそうと暗くて、遠近感もよく分からない。
「先生、どうしたの?」
「いや……ちょっと出てくるわ」
「え?どこ行くの?一緒に行こうか?」
「イヤ、お前は最後の接待しててくれ」
「え?ちょっと待ってよ!」
引き留める設楽を残して、大竹は庭と道の境目にある生け垣を抜けて外に出た。
暗い茂みの辺りに、人影がある。大竹はその人影に近づくと、「よう」と声を掛けた。
「そんなとこいると蚊に喰われるぞ。バーベキュー喰ってけよ」
「……よくあそこから俺がいるって分かったな」
「何となく?」
大竹が素っ気なく言うと、遠山は小さく「どんな眼力よ?」と笑った。
「あんたが火消しに回ってくれたって?礼を言いたかったんだ」
「……それは、俺達が悪かったんだから。美智があんな風に追いつめなければ、智は言いたくないことを言わずに済んだのに。あんな事、わざわざ言う必要はなかったんだ。ごめんな。俺、今日は謝りたくて来たんだ」
「だったら中入ってくりゃ良いじゃねぇか」
「イヤ、やっぱちょっと入りづらくて……」
「子供か」
ばっさりと切り捨てると、遠山は情けない顔をした。
「設楽がこっち気にしてるから、ちょっと移動しようぜ」
「あぁ…」
2人は携帯の灯りをライト代わりにして、家のそばを流れる川の岸に降りていった。
川の音が、低く腹に響く。昼間はあれほどのどかな姿をしている川が、夜は真っ黒いうねりになって、迫ってくるようだった。
「……情けないって思うだろ?いい年した大人が、ジョシコーコーセーの妹相手に言いなりになっててさ」
「まぁ、年の離れた兄貴ってそういうもんじゃねぇの?」
「何?大竹にも妹とかいるの?」
「逆だ。うちは兄貴に育てられたクチだから」
「あぁ…。何か、意外」
「そうか?」
遠山は川岸に腰を下ろすと、目の前の黒い川の流れを見つめた。月が暗い。こんな夜は、自分の過去に向き合うには丁度良いのかもしれない。
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