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6日目の夜ー3
「うん。まぁ、その受験生特有の精神状態?べつに受験ノイローゼって訳じゃ無かったと思うんだけどさ……」
こんな山になど登ってる間に、家で勉強をしていれば何問の問題を解けただろうか。他の奴らは俺が妹を負ぶってちんたら歩いている間に、過去問をやっているに違いない。
何で俺ばかりが。
そんなに美智が大切か。
もう厭だ。
誰か助けて……!!
やっと昼飯の時間になって、背中から妹という名の重荷を下ろす。両親はシートを広げて昼飯の準備をしていた。自分は草の上に寝ころんで、大きく伸びをして目を閉じる。風が気持ち良い。
視界の端に、妹が歩いているのが見える。
お前だって俺の背中にくくりつけられて、厭だったんだろう?やっと自由になれたんだ。どこにでも行けば良い。
そうだ。
こいつさえいなければ―――。
その時、ザザザッと何かが滑り落ちていく音がして、一瞬遅れて甲高い泣き声が聞こえた。
その場の空気が凍り付く。
両親の、信じられない物を見るような目が自分を捉える。
それから、母親の引きつったような悲鳴が。
「……それは……」
遠山は今でもその時の傷が疼くのだろう、苦しそうに眉をぎゅっと寄せいていた。
体の傷ではない。心の傷の方が、いつまでも疼いて痛むのだ。
「それは、お前だけの責任じゃないだろう?ご両親も一緒にいたんだ。お前だけが気に病む事じゃない」
「でも親父もお袋も、俺に頼んだのにって言ったぜ?俺が負ぶってたんだから、俺が見てなきゃいけなかったのにって」
「お前に責任がないとは言わないさ。でもグループ登山では何事も責任が平等に分配される上に、妹を負ぶって歩いてきたんなら、お前の負担が一番重い。お前は休息を取る必要があったし、第一親には子供を見ている義務がある」
大竹の正論を吐き出す声が、癪に障る。
その場にいなかった奴に何が分かる!綺麗事なんてクソ喰らえだ!!
「美智は俺が見てることになってたんだよ!少なくともうちの親はそう思ってた!」
「それは責任転嫁って奴だろう!?」
「でも俺が美智を見てなかったから、あいつが滑落 したのは事実だ―――!!」
あぁ。
確かに心の傷は、体の傷よりも長く深く痛むのだ。
今でも遠山の耳には美智の泣き叫ぶ。声が聞こえる。その声があまりにも大きくて、他の音など聞こえない。
小さくて、幼くて、誰からも愛されて当然だった妹は、自分が疎んじたことであの山肌を滑り落ちたのだ……!
「俺が美智をもっと可愛がっていれば、美智は山から落ちることはなかったんだよ!俺があいつを疎ましく思ってなければ、あんな怪我をすることはなかったんだ!女の子なのに体に残るような怪我を負ったのは、誰のせいでもない、俺のせいだ!!」
遠山は何かに取り憑かれたような顔をして、暗い川に向かって叫んだ。目が血走っているのが、暗がりでも分かる。
まるでそこにかつての自分がいて、当時の自分を射殺そうとでもしているように。
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