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6日目の夜ー4

「遠山!」  大竹が遠山の肩をぐいと揺すると、遠山ははっとして大竹の顔を見た。そこにいるのが大竹だと、初めて気がついた顔をしている。それから呆然とした声で、「ごめん」と小さく呟いた。 「……美智はその時のことを覚えていないんだ。だから、俺が美智の言うことを聞いてしまうのは、美智があの事を笠に着てるせいじゃなくて、俺が勝手に気にしてるだけで。俺はその後すぐ大学で東京に出てきて、その後美智とは暮らしてないけど、でもやっぱり美智に会えば俺はあいつの言うことには逆らえないし、親父もお袋も、あの事があってからますます美智を叱れなくなって……。結果、美智があんな風にお姫様みたいに育ったのは、美智のせいじゃない、俺のせいなんだよ」 「……だから今回のことも、あの子のせいじゃなくて自分のせいだから、妹を責めるなって言いに来たって訳か」  呆れたように大竹が呟くと、遠山は小さく頷いた。 「だって、美智は何も知らずにそう育てられちゃっただけなんだから……」 「甘ったれてんのかお前」 「え…?」  もっと違う言葉を期待していたのだろう、遠山は驚いた顔で大竹を見た。 「いるんだよ。生まれつき(なにがし)かの疾患を持って生まれさせてしまたから、とか、物心もつかないときに事故に遭わせちゃったから、とか、そういう理由で自分の子供を叱れなくなる親って、結構多いんだ」  クラスで浮いてしまうほどの自己中心的な生徒の親が、面談で多く口にする言葉。  ―――私があんな体に生んでしまったから  ―――私の不注意のせいで  ―――あの子は悪くないんです  ―――叱れないのは私が悪いんです  大竹にしてみれば、クソ喰らえだと言ってやりたい。 「子供に申し訳ないからってどの親も言うんだけど、俺から言わせりゃとんだお門違(かどちが)いだ。そうやって甘やかされたガキは、自分が何をしても叱られずに、どんな我が儘も聞いてもらえるってちゃんと分かってるんだよ。そんな鼻持ちならないガキが社会に出て巧くやっていけると思うか?大切なのはその子が生きやすくなるように、きちんと道を示してやる事じゃねぇのかよ。曲がりまくった道のまま、温室の中に閉じこめてどうすんだよ。何?あんたあの子のこと東京に呼んで、一生面倒見てやんの?あの子が好きになった男を服でもくれてやるみたいに(あて)がって、あの子の言うことは何でも聞いてやってくれって見張ってる訳?そんな我が儘聞けるのは親兄弟くらいだろ。お前のしてることは、幸せになれる筈のあの子の芽を摘みまくってるのと同じ事なんだよ」 「でも!」  大竹の厳しい言葉に、遠山は反論を試みようとしたが、なんと言ったら良いのかまるで分からなかった。  美智の将来のこと……その漠然とした不安から、美智が好きだと言った従弟に妹を押しつけようとしていたのか。いや、自分は美智には好いた男と一緒にいて欲しいと思っただけだ。それに美智のような可愛らしい子に好かれて厭な男がいるだろうか。  ……いいや、違う。  従弟である智一なら、美智の事情を分かってくれる筈と、甘えた心がなかったか?従兄妹だから、昔から美智のことを知っているからと、智一に美智を押しつけ、今まで通り我が儘いっぱいの生活を送らせてやってくれと、思った気持ちがどこかになかったか? 「俺は……」  呆然と大竹を見つめる遠山に、大竹は大きく溜息をついた。

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