3 / 63

第3話(R18)

「んっ」  軽い息苦しさに片倉は何故か、閉じられている目蓋を眉間の皺の方へと押し上げた。すると、目に飛び込んできたのは久川の顔だ。骨の輪郭がはっきりとしているややシャープな顎と高めの鼻をしているが、垂れた目が優しげで、美しい顔立ちをしている。 「ひ、さかぁ……ンんっ!」  その美しい顔が再度、片倉の顔へ近づくと、唇を奪った。それは先程の唇と唇が押しつけられているものとは違っていた。男の舌が片倉の口内へと入ってきて、片倉は反射的に顔を男の舌は勿論、その唇から逃れるように顎だけを背けた。  顎だけ。片倉としては、本当は身体ごと捩りたかったが、顔から胴体へと向かって腕から掌、脹脛から踝へと伸びてなど、首という首にはベルトのようなものが巻きつけられていて、片倉の身体の自由は失われていた。しかも、それに加えて強い眠気もあり、片倉は幾度となく目蓋を閉じてしまいそうだった。 「先生は俺と違って、体も鍛えているようなので。さっきの珈琲に睡眠薬を少し入れて、縛らせてもらいました。本当はこちらとしても、望んだ形ではなかったけど」  男はあっさりとした態度で口にして、眠気で意識が半ば宙に浮いてしまったような片倉のこめかみから顎の先端までをなぞるように見る。 「んっ……はぁ……」 「はぁ、涙で潤んだ先生の横顔も素敵ですよ」  男の長くて、細い指で片倉は顎を捕らえられると、唇や舌は言うまでもなく、唾液や意識さえも奪われてしまった。  男に抵抗する事も叶わず、されるがままにされた。そんな事があって、何時間くらいが経ったのだろうか。片倉が再び目蓋を眉間の皺の方へ押し上げると、その部屋には先程までいた男はおろか、誰もいなかった。 「夢……だった?」  子どものような稚い様子で口にすると、片倉は横になっていたソファからのろのろと身体を起こし、テーブルを見た。テーブルの上に置かれてあったのは時計と片倉がこの家に来た時に着てきた背広だ。それと、何かの封筒のようなものがあった。時計には4月30日と表示されていて、5時を少し過ぎたところのようだ。ソファの背に向かい合うようにある窓からも夕日の光が差し込んでいて、どうやら時計は正確らしい。片倉も桜も葉ばかりとなって、何日か前から夏へ近づき日が長くなっていっている、そんな事を感じたばかりだった。  時計や背広と一緒に置かれていた封筒を片倉は何の気なしに掴み取ると、緩慢な手つきで開ける。封筒の中には何枚かの写真があり、そこに写っているのは肌を晒し、身体の隅々に吸いついたような赤い痕が残り、白い体液で滴る片倉だった。 「これ、って……」  月並みではあるが、片倉は驚いて、言葉というより、声そのものが出なかった。生々しいが、現実感のない出来事をその何枚もの写真によって突きつけられ、彼はテーブルから背広をひったくるように手に取ると、玄関へ急いで出て行った。 「はぁ、はぁ……」  この家へ来たときに脱いだ靴を履き、扉を引く。自宅のアパートまで全力で走り、自宅の鍵を開ける。自宅へ入り、自宅の鍵を閉めた。  睡眠薬やベルトで身体の自由を奪われて、その後にされたであろう恥辱に頭が混乱してはいたが、片倉はそれだけの事をする。その後はぷつりと糸が切れたようにその場に座り込んでしまった。

ともだちにシェアしよう!