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第5話

 白く、大きめな車は内部もゆったりとしていた。一般的な男性と比べると、背が高く、胸板もある片倉でも余裕のあるシートだ。久川の話だと撮影の為に沢山の機材を載せる事もあり、他に同乗するのが滅多に日本にいなかったという妻と身体の小さな灯英だけでも大きな車に乗っているという事だった。 「そんなに構えなくても」  運転手席でハンドルを握る久川が居た堪れなくなって、柔らかな声で言う。片倉は自分に向けられた言葉なのに人事のように思って、「別に、構えてはないです」と返した。 「それなら、良いです。折角の先生とのデートですしね」  久川が軽口を叩くのに対して、片倉は腿の辺りで硬く拳を作っていた。自宅を出た時に持っていたファイルが彼の手にはないのは先程まで久川の運転するこの車で片倉と灯英の通っている新谷小学校へ行っていたからだ。 「私はここで待っています」 「えっ」  小学校の来客用の駐車場に車が停まり、助手席からドアを引いて、車を降りようとする片倉は思わず、声を出してしまった。  すると、久川は片倉の心中を察したように言葉を足した。 「俺がついていかなくても、先生は逃げないと思いますから」  私から俺へ。  久川の一人称が変わっただけで、敬語が崩れたとか、語調が粗くなったとか。そんな訳ではないものの、片倉には先程までの久川とは別人のように聞こえた。 「逃げない……か」  片倉はファイルを昨日、家庭訪問を終えてからすべきだったように自分のデスクの中へ収めながら、口にした。もし、久川の意に反して逃げられるなら。どんなに楽だったかと思うと、職員室に入る前のように戸締りをする。  それから、再び久川の待つ車へと戻った。

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