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第21話

 セクシャルハラスメントを題目にした新任者研修はDVDの視聴の他にちょっとしたグループワークも設けられていたが、片倉は終始つつがなく終えることができた。  片倉の所属する新谷小学校の方針で、校外研修後に学校へ戻り、残業をすることは避けるように決められていることから片倉は荷物をまとめて帰ることにした。 「片倉先生!」  研修センターのエントランスを出て、何歩か出たところで、片倉は自分の名前が呼ばれていることに気づいて振り返った。 「えーと、若山(わかやま)小学校の……」 「若山小の石川(いしかわ)です、片倉先生」  片倉が振り返った先にいたのは話からも分かる通り、若山小学校の石川という教諭だ。片倉と比べると、人当たりが柔らかいというか、やや馴れ馴れしい感じがして、何かと良くも悪くも目立つこの石川が片倉は苦手だった。 「すみません、石川先生でしたね。えーと、私に何か?」  言葉少なに片倉は石川に自分を引き留めた理由を聞く。あまり良い予感はしないが、「急いでいるのですが」と邪険にするのもどうかと思ったのだ。 「あ、いえ、この後、何人かで飲みながら親睦会をしようってことになってて。片倉先生はいつも堂々していて、先程のグループワークでもはっきりと発表されていたから是非秘訣とか教えて欲しいなって皆で話してて」  石川が帰ろうとする片倉を捕まえる為に駆けてきただろうエントランスには10人程の新任者研修を終えた教諭が集まっている。基本的に片倉はどんな人間とも交流を持ち、一方的に偏見を持つことはない。  だが、感覚として石川は苦手な人物だった。 「すみません……ちょっと仕事が残っていて、これから学校へ戻らないといけないんです」  片倉は仕事が残っていると学校へ戻ろうとする。  が、石川は食い下がってきた。 「片倉先生ほどの人なら明日に回しても間に合うんじゃあないんですか? 飲んだり、学校間交流するのも大事な仕事だと思うんですけどね」  なんて言われてしまえば、覚悟を決めないといけないか、と片倉は思って「ええ」と言ってしまいそうになる。  ただ、それはある男の言葉で喉奥へと消えてしまった。 「石川先生には大変申し訳ないんですけど、片倉先生には娘のことで相談したいことがありましてね。これから時間をとってもらっているんですよ」  それは出来過ぎた小説かと思う程、見事なタイミングだった。そんなタイミングで、石川の前に立ちはだかるように久川が現れた。 「もう、片倉先生! それならそうと言ってくだされば良かったのに!」  石川は久川が片倉の受け持っている児童の父兄であることを悟ると、あっさりと10人程が集まる研修センターのエントランス前に戻った。 「今日は残念ですけど、また今度、行きましょうね」  石川は去り際に片倉に耳打ちするように言うと、片倉は久川とは取り残されてしまった。

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