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第26話

8月13日の気温も朝から30度を超えていた。7月の終業式の日に「朝の涼しいうちに宿題などの学習に取り組みましょう」と言う先生ももはや過去のものだと思うと、片倉は1週間前と同じように旅支度を整えていた。 1週間前の新任者研修は3泊4日だったものがやはり暑さや昨今の働き方見直しなどで2泊3日になり、例年の会場であるキャンプ場ではなく、宿舎の方で行われた。 片倉の勤める学校では余程、勤務を急していない場合はその前後を休みにしていた。 「何とか乗り切れた……」 あることを除き、新任ながらも順調に小学校教諭として働けている片倉もやはり度重なる研修に参っていた。いや、確かに実施の必要性が殆どないに等しいようなものもあるし、研修後のレポートや授業案の作成もある。その上で学級経営や2学期の準備や片倉の学級ではないが、8月にも関わらず保護者の対応に追われている学校もあるという。 ただ、片倉としては 「今日は残念ですけど、また今度、行きましょう」 若山小学校の教諭・石川。 彼には気をつけてという久川の言葉通り、2泊3日の研修中はなるべく2人きりにならないようにしていた。 「片倉先生ってあまり皆とわいわいする感じはお好きじゃないのかなと思っていましたけど、結構、気さくな人なんですね」 ある小学校の教諭からはそんなことを言われ、またある小学校の教諭からも 「ほんと、ほんと。クールというか、皆が羽目をはずしている時も今は報告書を書いていますので! きりっ、びしっていう感じなんだと思っていました」 なんて言われて、片倉は慣れない笑顔を作って、「そんなことはないですよ」と声を出す。 確かに皆が息を抜いている時も険しい顔をしている自覚も少なからずあるが、片倉自身は人と話をするのが嫌な訳ではない。ただ、延々と身のない話をするのは時間も無駄だと感じるし、強面で近寄りがたい雰囲気もあるらしいので、敬遠されていると感じることも1度や2度ではなかった。 しかし、あの男……久川港は違っていた。 こんな険しい顔をしている男を可愛い、綺麗だと褒めちぎる。臆することなく隣にいて、好きだと言ってくれる。 そんな人間は後にも先にも久川しかいないのだろうと片倉は思っていた。 「本当に出会い方さえ違っていれば……」 教師とその父兄であるその関係がやはり苦しくて、これから始まる旅行も嬉しいものの筈なのに、まるで全てカカオで作られたガトーショコラのようだった。 ガトーショコラはケーキであるとは言え、全てカカオで作られているのであれば、苦くて食べ切るのは難しいだろう。 「でも、出会わなければ良かったとは思わない」 『2019.8.13 11:25』 教師としても、人間としても失格かも知れないが、片倉は旅支度を終えたトランクを閉じると、スマートフォンで時間を確認し、久川の元へと向かった。

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