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第27話
「時間、ぴったりでしたね」
あの家庭訪問の翌日と同じように、久川は片倉の家の前で待っていた。
片倉は久川の「暑いから早く入っちゃってください」という声に従い、運転する車に乗り込んでいた。
「ええ、今日も運転させてしまって、すみません」
相変わらず広くて、快適なシートへ若干の居心地の悪さを感じると片倉は詫びた。
それに対して、久川は構わないと返す。
「元々、車の運転は嫌いじゃないですし、取材で飯を食っていたこともあって、昼も夜もなく、遠くに行ったりもしてたんです」
「取材で?」
「ええ、グルメ雑誌に載せる超人気店の写真やら芸能人の密会の写真やら頭がおかしくなりそうなくらい撮ってました。洒落にならない程ね」
久川は軽やかにハンドルを切ると、高速には乗らず、一般道を走っていく。
変に高速に乗るよりも時間がかからないということなのだろう。
「まぁ、俺としてはクルマクルマで進まなくなった高速のど真ん中で、健人さんを気持ち良くするっていうのでも良いですけど」
久川の左手が片倉の腰に伸びてくる。片倉は口から嬌声が出そうになるのを堪える。すると、すっと久川の左手は離れていった。
「でも、健人さんがそれしか考えられないというのもつまらないでしょうしね」
確かに、片倉は身体も一般の20代の男性と比べると、鍛えている方だと言える。ただ、その身体は快楽というよりも快感にさえ弱かった。
しかも、受け入れる側の片倉に負荷がかかるのはどんなに久川が時間をかけて、片倉の身体を愛撫しても、避けることはできないだろう。
「折角の旅行なのに」
久川はポツリという風に呟くと、車内は瞬く間にしんみりとする。
おそらく、この不倫旅行はこれが最初で、最後なのだ。もし、これが本当に最初で、最後なのなら……
「お誘いいただいた時も言いましたけど、自分はひさ……港さんがいれば、どこで何をしても構わないんです」
たとえ、久川に抱き潰されて、旅行中はベッドから起き上がれなくなったとしても……傍に久川がいれば……
思えば、これまでどんなに願っても、久川と一緒にいることさえも満足にできなかったのだから。
「健人さん……」
久川はハンドルを握りながらじーんとしたという顔持ちで、片倉を呼ぶ。
「俺も同じ…だよ、健人」
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