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第28話

 健人。  この旅の間だけで、良いから。と、久川は言うと、片倉にもできれば、敬語をはずすように頼む。 「でも……」  呼び方くらいは何とかなるが、久川は片倉より2つほど上だ。しかも、自身の受け持ちの児童の父親だ。  厳格で、場を弁えることのできる片倉が誰か別の人間のいる前で久川に砕けた言葉使いで話すのは皆無だが、何かの拍子に出てしまうかも知れない。 「なら、大丈夫なようにおまじないをかけましょう」 「おまじない?」 「うん、ちょっと待っていて」  久川はそう言うと、車を山道に入れて、路肩に入る。  車通りの少ない山道の路肩はちょうど大きな樹が茂っていて、樹陰ができていた。 「こほん、じゃあ、おまじないをかけます。目を閉じてください」 「え? あ、はい」  久川はわざとらしい咳をすると、片倉は戸惑うものの、目を閉じる。まるで小さな子に言い聞かせるように優しい語り口で久川は片倉の肩をトントンと叩いた。 「この旅の間だけ、片倉健人は学校の先生じゃないよ」 「……!」 「学校の先生じゃないってことは目の前にいる久川港も保護者じゃないよ。どこの町にもいる小さな写真館のカメラマン」  久川は片倉の唇にキスをすると、「おまじない完了」と告げた。 「完了?」 「うん、確かに出会いは色々、あまり良くなかったかも知れないけど、健人には俺のこと、明日までは好きでいて欲しくて……まぁ、嫌いで嫌いで反吐が出るとかなら流石におまじないは効かないかも知れないけど」  久川が力なく笑うと、「行こうか」とパーキングからドライブに入れた。

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