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第30話
「さあ、着いた」
久川は大きな車で細い山道を縫うように走り切ると、1軒の民家の前で止まった。昔、祖父が存命していた頃に住んでいた広いものの、少し不便な田舎の家のようなところを片倉は想像していた。
だが、それとは逆に山の中に1軒だけ立つ古民家風のカフェのようで、古さや趣深さを生かしつつも、かなり衛生的で嫌だということは感じられなかった。
「電気ガス水道は通っていて、水まわりもあるし、家電は冷蔵庫とかエアコンとか以外はテレビとかもない。だから、トースターとか珈琲メーカーとか好きなものを持参して良い」
ホテルや旅館なんかの備えつけは確かに便利だけど、使うのに有料だったり、どのように使ったら良いのか良く分からないこともあったりする。
久川のように大きな車を持っていて、運転できれば、その分のサービスの料金もかからないし、良いことのように片倉は思う。
「健人、疲れたでしょ? 何にもないところだけど、ゆっくりしてて」
2人で車から荷物を下ろすと、野菜や肉、麦酒なんかを冷蔵庫を入れる。
久川は簡単に夕食を作ると言うらしく、あまり料理が得意ではない片倉も手伝うことにした。
「なんか意外。10代の頃から家を離れて、バリバリやってましたって感じするけど?」
「み、港は料理はよく?」
呼び慣れない呼び方を片倉は何とか呼び切ると、久川はふふっと笑う。
「俺の名前って放送禁止用語か何なの?」
「いや……そんなことはない、ないよ……」
しどろもどろになって、片倉は答えると、久川は優しく続ける。
「分かってる。本当にありがとね」
それは片倉が忠実に久川のおまじないを守ろうとしてくれていることに対しての礼だろう。
「よく料理は作るのか、ってことだよね? 1人で住んでたこともあるし、毎日、外食やコンビニっていうのもね。ああ、でも、健人の方ができそうだけど」
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