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第34話

「久し振りに身体でも動かすか」  9月の授業参観を終えた次の日の金曜日の夕方。  片倉は夏休み明けのテストの採点や学校内外で様々に課せられた報告書作り、翌月の授業参観に向けて追われている中、夏休みの自由研究発表会の手続きをしていた。  隣の1組の江角先生に「私が手続きはやっておくから」と、今日はもう帰るように言われる。  溜まっている仕事を前倒しに片づけようとしていた片倉はふと7月末くらいに1回だけ行ったジムを思い出していた。  仕事を久川のことを考えない道具にするのは間違っているだろうが、今の片倉が変に時間を得るというのも良くなかった。 「片倉健人さんですね?」  高級ジムというほどではないが、受付は勿論、プールやボルタリング、スカッシュができるフロアなんかもあり、会員特典で使える綺麗めのシャワールームやな簡単に食事の取れるセルフカフェがある大きめのジム。  片倉は受付で会員証のやりとりをすると、更衣室へ向かう。  すると、聞き覚えのある声で呼ばれた。 「片倉先生じゃないですか?」  片倉は大きな肩を震えさせながら、後ろを振り向きそうになるのをどうにか抑えて、声のあった方を振り向く。  そこには片倉が顔を見る前に想像した人物が立っており、片倉を見て、微笑んでいた。 「石川……先生……」 「あ、やっぱり、片倉先生だ」  片倉の表情が複雑になっていくのとは裏腹に、石川の表情は明るいものになっていく。確かに、好感の持てる爽やかな笑顔なのだが、片倉にはそれが恐かった。  久川の言うように片倉に対して何か良くない感情を抱いていても、不思議ではなかった。 「石川先生も……このジムに?」  片倉は石川に何か、言われる前に話の主導権を握った。あとは一言、二言の会話をして、「では」と去れば良い。  だが、片倉は元々、口が達者な人間ではない。  それに加えて、石川は口が上手く、片倉がいくら、主導権を握っても握り返し、奪っていくくらい簡単なことだった。 「ええ、1ヶ月前くらい毎日のように。今まで会わないのが不思議なくらいですよね。片倉先生、凄く良い身体、してらっしゃるから本当にそれこそ毎日のように通われてそうだし」 「いや……毎日なんて。実際、7月頃に1回、来ただけで」 「へぇ、そうなんですね。やっぱりお忙しいんですね。あ、そうだ! これが終わったら、この近くに安くて美味い店があるんですけど、食事して帰りませんか? ご飯、食べられてないですよね?」  片倉の肉体をじっくり見るような視線に、強引とも言える食事の誘い。  これが久川なら片倉は困りながらも、嬉しかっただろう。  だが、ただでさえ苦手意識のある石川に言われては片倉としてはただ困るだけだった。それに、どんなに忘れようと、考えないようにしようと、やはり思ってしまうのだ。 久川港という人間を。 彼をどうしようもなく、愛しているということを。

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