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第36話

 片倉は元々、教員志望ではなかった。  ただでさえ、強面で、石川のように次々と一言一言が出てくる訳でもない。資質という面では1つとしてあるように見えなかった。  だが、 「元々、両親が教員で、教育学部へ行ったんです。その先で恩師が言ってくださった言葉がきっかけで」 「へぇ、どんな言葉ですか?」 「『お前みたいな教師も要る』、要る……必要なんだって言葉です」  正確には、『お前みたいなクソ真面目な教師も要るんだ』と豪快に笑い飛ばしていた恩師。  確かに、向き不向きはあるだろう。  だが、向いている人間ばかりが集まる学校現場というのは考えも1つのもので統一され、そこからはみ出した児童や生徒は行き場がないのではないか。  仮に学校では行き場がなくならないにしても、社会へ出た時に全く違う人間達で構成される世界についていけない。 「好きなことがなかった訳ではないんですが、好きなことは仕事でなくても、できますし、それなら誰かが喜ぶ仕事が良いかな、なんて」  そんなことを片倉は言うと、石川はまたもや、酷く感心した態度で、片倉を褒めた。 「成程、流石、片倉先生です!」  石川の言葉に若干の居心地の悪さを抱く片倉だったが、石川が思ったよりも悪い人間ではないのかも知れないと思った。 「またご一緒しましょうね、片倉先生」  食事も終わり、石川とレストランを出て、ホテルの前で別れる。 「ええ……また……」  片倉は言葉少なに石川に言うと、自宅の方へ向かって歩き出す。すると、ふいに名前を呼ばれた。  石川ではない。  それは片倉が愛してやまない男の声だった。 「ひ、久川さん……」

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