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第45話
「苦手……」
片倉は確かに強面で、身長も日本人の男性の平均は優に超えている。おまけにひょろ長いということはなく、筋肉もある程度はついていて、お世話にも口上手ではない。初対面の人間が片倉を見たら、間違いなく、小学校の教諭とは思わない。
「あ、苦手というか、敵わない感じというか、勝手に自分が思ってたんです」
片倉が悪い訳ではない、と石川は殊更に強調すると、片倉はそれが逆効果のようにも思えたが、収集がつかなそうになるので、特には言わない。
「片倉先生、鋭いからそういう気持ちもすぐに分かってしまいそうだから、苦手だったんですけど、だんだん、先生に惹かれていく自分もいたんです」
石川は『好きです』と言うと、片倉をベッドに押し倒して、片倉の首の傍らに顔を埋める。
「好きです、片倉さん……」
いつも食ってかかるような勢いと意思が見えるのに、目の前にいる石川は片倉に委ねているようだった。
だが、やはり片倉の答えは
「すみません、私では石川先生の気持ちに答えられそうにはないです」
片倉は石川の肩を持つと、石川の顔を引き剝がすように起き上がる。もしかすると、もっと石川の心に寄り添ったような優しい返事があったのかも知れない。
ただ、告白をされたことは数えるほどしかなく、そのうちの1つは断る必要のない久川からだった。
「やっぱり、夏に研修があった時の人のことが……」
久川が受け持ちの児童の父兄だと石川は知っている。
片倉としては嘘でも否定したくなかったが、するしかない。
「いいえ、違う人です……先生が会ったことない人です」
片倉は久川を守るために、声が震えそうになるのを必死になって堪える。
同性の、既婚者。
しかも、自分が受け持ちをしている児童の父兄。
世間的には認められていない人を好きにしまった。
石川の目がそんな片倉を断罪しているように見える。
だが、やはり片倉の心の中にいるのは久川港で、彼だけだった。
「すみませんでした。片倉先生」
石川はまたあの日のように背を向ける。
帰るのかと思いきや、「少しだけつきあってくれませんか?」とビールの缶と水で軽く濯いだグラスを2つ持ってくる。
「片倉先生が好きな人と幸せになれますように」
「……石川先生も」
振った片倉が言うのは憚れたが、石川には自分のことなど忘れてしまって、誰か別の人と幸せになって欲しかった。
それから、片倉は少しだけ石川と話をし、石川の借りた部屋を出ていこうとする。
「うっ……」
片倉がベッドから立ち上がるとすると、酷い立ち眩みに襲われる。このホテルでも飲み会でもビールを少し飲んだが、傷心の片倉であるとは言え、とても酔い潰れるような量ではない。
明らかにおかしかった。
「い……石川、先生……」
目蓋がすっと落ちていき、片倉の目には石川が映らなくなる。
石川の顔はいつもの人懐っこい笑顔ではなく、表情が削げ落ちたように無表情だった。
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