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第52話

「ただ、俺では彼女に子どもが作れないことが分かったんです」  ショックはショックだったですけど、戦友まで巻き込む訳にはいかないですよね、と久川は冗談めかしながら言い、珈琲を飲み干すと、珈琲ポットから新しい珈琲を淹れる。  話しているのはドキュメンタリーが組めそうな波瀾万丈な人生談だが、久川にしてみれば、それこそが己の人生であり、他の人生は知らないのだろう。  実に、飄々としていて、その動作は美しかった。 「俺と離婚しても、彼女はすぐに結婚できるだろうし、すぐに離婚にして、再婚したらどうかと言いましたが、彼女は首を縦には振りませんでした」  久川の話に出てくる久川波英という女性は気が強い女性だったという。  確かに、女性1人で海外へ行き、世界中を旅して、写真家として成功した人物だ。カメラマンとしての技術やセンスもさることながら、多少は気が強いというか、自分を持っていないと到底、成し得ないことなのだろう、と片倉は思った。 「私は貴方のこと、好きだから結婚した。ふざけるなって」  彼女も戦友のような存在として久川を見ていたが、夫としても見てくれていたという。  しかし、久川以上に海外での写真やカメラの仕事を捨て切れなかったのだという。  そして、約束したのだという。 「だから、今は離婚しないけど、もし、私より好きな人が貴方にできた時はその人と幸せになって欲しい」  彼女としては仕事をとってしまった、久川に対して負い目もあったのだろう。

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