54 / 63

第54話

 久川は最後に波英らしき女性にイギリスへ会いに行ったことを切り出した。 「彼女は確かに波英さんでしたが、彼女のことを知らせてくれた人によると、彼女は船の事故に遭って、4年近く昏睡状態になっていたようでした。あと、事故の後遺症なのか、彼女はあの子のことも夏英さんのことも、俺のことも少し思い出せないようでした」  久川はそこまで言い、幾つか質問をし、『約束を覚えていないか』を波英に聞いたのだという。 「奥さんは……約束は覚えていらっしゃったんですか?」  あまりにショッキングな事実に、片倉は口を挟むのも阻まれるが、久川の口が動かなくなってしまったので、恐る恐る聞いてみる。  すると、久川は「いえ、約束は覚えていないけど、初めて聞いた気はしないと、彼女は言いました。そして、俺は彼女の約束を少し破ってしまうけど、と言って帰国しました」と言った。  それに続いて、「約束を少し破る?」と恐る恐る聞いてみる片倉。 「ええ、俺は十分に幸せだったんだと思います。あの子を傷つけるかも知れないけど、あの子の父親にもなれたし、貴方を傷つけたけど、あの子のお陰で貴方と出会えて、貴方を好きになれた」 「……」 「俺達は約束していたけど、健人さんにロクな説明もしないで、嫉妬して傷つけるだけ傷つけたのに、健人さんと幸せになる資格はない、健人さんを幸せにできないと彼女に言いました」  片倉と久川の2人しかいない静かな写真館に続いた久川の告白。  娘である灯英の出生、妻である波英との出会いや行方不明、記憶障害。それに約束。  片倉と幸せになりたかったが、たくさん片倉を傷つけてしまった久川には陳腐ではあるが、資格がないこと。  片倉としてはもし、許されるなら、久川と幸せになりたかった。  だが、片倉にも陳腐ではあるが、その資格がなかった。  石川に身体を許してしまった。そのことをすぐ久川に打ち明けなかった。話さなくても良いのなら、話さないで、久川と幸せになりたい、と思ってしまった。  でも、久川は片倉を傷つけたこともあったかも知れないが、いつも誠実に片倉を愛してくれていた。

ともだちにシェアしよう!