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第55話(R15)
「港さん、資格はないのは私も同じです」
やっと搾り出した片倉の言葉は2人しかいない写真館にポツリと響く。
布に水が一滴、零れ、静かに広がっていくような感じだろうか。彼らは室内が無言に包まれても、すぐには口を開かなかったが、久川は「資格がない?」と片倉に問いてくる。
「港さんが奥様に会いに、イギリスへ行っていた時のことです。誰に、とは言えませんが、私は……」
片倉は名前を伏せ、石川にされた淫らな行為を告白していた。
「ボールを口の中に入れられて、手足も拘束されて、されるがままに体に触られて、イってしまった」
久川に呆れられるように、わざと明け透けな言葉を選びながら、片倉は続ける。久川に嫌われるのは恐いが、同情されて、自分から気持ちが離れているのは明らかなのに、自分の傍に久川を縛りつけてしまうなんていう方が恐ろしい。そんなことになるくらいなら、久川のいない毎日の方が幾分か、マシだった。
久川以外の人間に蹂躙された自分がいなくとも、久川だけは幸せになれた。
まだ、そんな風に思えるだろうから。
「先程、資格がないのは自分も同じだと言いましたが、私の方がずっと資格がない。港さんに比べると、あまりに汚れてしまったのだから……」
確かに、片倉は石川を唆したりはしていないし、合意ではなかったが、片倉も石川に気を許してしまった。
もしかすると、久川よりも石川と先に関係を持ってしまっていたら、自分にとって久川は好きになる対象ではなく、石川を裏切って身体を許した男になっていたのかも知れない。
そんなことを片倉は考えると、石川だけを悪者にして、自らを被害者にしたり、石川に気と身体を許してしまったことを正当化したりすることはできなかった。
「貴方は奥さんと約束した通り、今度こそ幸せになってください。今度は貴方に相応しくて、貴方が本当に愛せる人と、幸せに……」
片倉の声はそこまで告げると、震えて、上手く続かなかった。やはり、頭では久川から身を引く方を選ぶべきだと思うし、考えた筈なのに、心では久川から身を引きたくない、久川と共に生きていきたい、と叫んでいる。
ただ、久川が片倉へ向けてくれていた誠実な愛を、片倉は不実な愛で久川に返す訳にはいかない。
身体が汚れてしまった事実はどうしても、変えられないが、心まで汚れてしまうことは片倉には耐えがたかった。
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