56 / 63

第56話

「健人……」  長くはない、だが、かなり時間のかかった片倉の告白を久川が聞き終わると、久川は片倉の名前を呼んだ。 「はい」 「貴方……というか、もし、神様のような存在がいるなら、本当に残酷だな。折角……彼女との約束を破って、死ぬ程、悩んで、健人を諦めようとした。でも、ここへ来て、まだ揺さ振りをかける。まるで、健人への思いを試すように」  皮肉交じりに溜息を吐き、片倉の元へ行き、片倉の首周りに腕を回す。 「確かに、健人がされたことを考えると、俺はまた酷く抱いて、できるものなら、健人を抱いたヤツを殺したくなる。でも、今の健人の言葉で思い知らされた」 「みなと、さん……」 「俺は健人なしでは決して幸せになれないのだということ。健人以外の他の誰かを好きにはなれないのだということ」  穏やかな声で恐ろしいことを告げる久川の表情が大きな窓ガラスに映り、その久川を映した窓ガラスを片倉の座るソファから見える鏡が映す。こんなにも近くで抱きしめられているというのに片倉は直接、久川の顔を見ることはおろか、切なげに目を閉じる久川を笑顔にすることができない。 「港さん、過ぎたことを色々と言うのは潔くないと思うのですが、俺もいつだったか、思ったことがあります」  これが久川と交わす最後の言葉なら、最後に久川に対して思ったことは全て隠さずに言いたいと片倉は思っていた。信念を曲げて、久川の腕を優しく解くと、少しだけ口角を上げて、久川を見つめた。 「思ったこと……」 「どうして、俺は貴方に、貴方の奥さんと出会う前に出会えなかったんだろうって。せめて、こんな出会い方じゃあなかったら……って思ってた。灯英さんや奥さんがいるのに、2人を悲しませることになると思っていても、結局、俺も貴方に惹かれていた」 「俺に?」  信じられない、とでも言わんばかりに、久川は呟く。思えば、片倉から久川への思いが告げたのは初めてのことだった。 片倉が、久川へする、初めてで、おそらく最後の告白。 「ええ、最初は無理矢理で、悩んだこともあった。でも、そんなのも気にならないくらい、港さんは素敵な人で。ダメだとは分かっていても、貴方の一面一面を知っていく度に、嬉しくて、悩んで、幸せだった」  告白なんてしたこともない片倉のする告白はお世辞にも上手くもなく、滑らかでもなかったが、久川は口を挟むことなく、聞いていた。 「だから、本当は港さんからご家族のことを聞く前に、あのことを言うべきだった。でも、話したくなくて、許されるなら、あのことは黙ったまま港さんと幸せになりたい、と思ってしまった」  最低だ、と片倉が自分のことを評すると、口を挟まなかった久川が首を振る。 「それを最低と言うなら、俺の方が最低だよ。俺だってずっと波英さんのことを言わなかった。言うには複雑すぎたし、健人も離れていくと思った」  今度は久川が少しだけ片倉に微笑む。 「でも、そうだね。もし、健人に波英さんと出会う前に会えていたら、こんなに苦しい恋にはならなかったのかもね。健人に最初に会えていたら……もう1度、健人に出会えたら……」

ともだちにシェアしよう!