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第59話

片倉が自らの意思で、久川写真館へ行くのは2回目だった。 というのは、久川自身も灯英や長崎夫妻とイギリスの方へ渡り、写真館は久川の知り合いだと名乗った幕間(まくま)という男が引き継いだからだ。  片倉自身も幕間には何回か、会ったことはあり、久川と比べると、銀縁の丸眼鏡に、ボサボサとした黒髪から若干カメラオタクな印象は受けたが、撮影のちょっとしたコツを教えてくれる等、新谷小学校だけでなく、近隣の利用者からも評判も良いようだった。 「夜分に失礼いたします。新谷小学校の片倉です」  片倉はバイクに乗ると、久川写真館へ向かってハンドルを切る。写真館には明かりが点いていて、幕間が応対に出ても良いように、片倉はそんな風に言って、写真館の中へ入る。  すると、そこへいたのは幕間ではなく、片倉に手紙を送った男だった。 「港さん……」  片倉は考えることもなく、久川の名前を呼ぶ。  最後に久川とこの写真館で話したのは2年も前になるのに、まるで、その間に時間が存在しなかったように、片倉は久川の元へと足を進める。 「健人……」  久川は自分自身で片倉へ手紙を出したにも関わらず、片倉が自分の元へ来るとは思っていなかったのだろう。  しかし、片倉と久川は再び出会ったのだ。 「波英さんとは話し合って、別れてきた。でも、あの子の父親であることはやめることはできなかったんだけど……」 「別れてきた……?」 「うん。それで、健人が良かったら、俺の恋人になってください」  久川は片倉に向かって、手を指し出す。  片倉と久川との関係は、世に言うところの順番とは異なっていた。  片倉は久川に告白される前に身体を弄ばれた。久川を愛する前に何度も身体を許した。  一方、久川は片倉に告白する前に身体を弄んだ。何年もの間、行方不明だったとは言え、妻と別れる前に片倉に恋をした。  だが、恋愛や肌を重ねる順番なんていうものは世間が勝手に決めたもので、片倉にも久川にも関係のないものだった。 「貴方が灯英さんの父親もやめてきた、なんて言ったら、また貴方のこと、悩んだかも知れません」  片倉は自分に差し出された久川の手をとる。  それは久川と恋人になる、という意味だった。

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