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第60話
「あの、港さん……どこへ?」
久川は片倉の意思を確認すると、どこかへと電話をかける。そして、少し会話をすると、通話を終了し、片倉へ写真館の外に停めてある車に乗るように伝える。
もう何度なく、片倉は久川の白い大きめの車の助手席に乗っていて、その隣には例外なく、久川もいたが、恋人になった久川がいるのは今回が初めてだった。
「まぁ、着いてからのお楽しみかな? それよりも、港さんって……」
片倉は久川のことを「港さん」と思わず呼んでいたが、例外はあったものの、「久川さん」と呼び続けていた。もしかしたら、違和感があるのかも知れない、と片倉は思うと、久川は続ける。
「俺、健人の義理の息子とかじゃないからさ。港って呼んでよ。あと、できれば、敬語もなしで」
いつかのように、久川がハンドルを回しながら、片倉に呟く。そして、これもいつかのように、
「ちょっと待ってて」
久川はそう言うと、車を山道に入れて、路肩に入る。
夜中であることもあり、車通りの少ない山道の路肩はちょうど大きな桜の木があり、月も出ていた。
「こほん、じゃあ、おまじないをかけます。目を閉じてください」
「え、はい」
久川はいつかと同じように、わざとらしい咳をすると、片倉はまたも言われるがままに、目を閉じる。まるで優しい語り口で久川は片倉の唇に触れた。
「これからもずっと、久川港は片倉健人の恋人でいたいです」
「みな、と……」
「あの子の父親であることには変わりないし、どこにでもいる普通のカメラマンだけど」
久川は片倉の唇にキスをすると、桜の下で「おまじない完了」と告げた。
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