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第11話

「その通りだ。母上は社交が好きで家にはあまり居ない。妹が女子部に通っている。弟は乳母が面倒を見ている」 「仲の良いご家族なのか」  片桐のことは何でも知っておきたい気がして話を続けた。片桐は、学校に居る時の快活な表情を見せなかった。しかし、嫌そうな顔もしていない。 「ああ、オレと一番話すのは妹の華子だ。お転婆で困ってはいるが。母上は屋敷に居る時は話し相手になってくれる。父上は…そうだな、あまり社交好きではないので滅多に部屋からは出て来ない」 「母君は確か池田侯爵から縁付いて来られたのだったな、確か鶴子様。快活で優しい方だ」  目を大きく見開いて、「良く知っているな」と呟くように言った。 「この世界は狭い上に皆、暇を持て余しているから夜会などに行きつけていれば噂などはすぐに耳に入る」  納得したように頷く。その様子が無邪気な子供を連想させた。 「オレは、所詮天子様に逆らった家の出だ。あまり外には出たくなかったから、そういう話はあまり知らない」 「知っていてもそんなに役に立つものではない。それに、家にも過去にも拘る必要はないと俺は思う」 「そんなもの、かな。天子様が許して下さったって過去は変わらないだろう」 「そんなことはない。自分のことだけを考えて生きろ。俺もそんなことを考えていた」  珈琲の湯気を見詰めながら考え事をしている様子の片桐を言葉もなく見詰めていた。無言で居ても寛いだ気分になれた。  片桐を自動車で送らせると、長椅子に寛いで座り片桐のことを考えていた。胸の辺りが苦しい感じがした。決してそれは不快なものではなく、甘い感触だった。帰り道で聞いた意外な事実や、彼の意外性そういったものを反復していた晃彦は扉の向こうで自分を呼ぶ声に我に返った。キヨが夕食の支度の出来た旨を知らせるものだった。 「ああ、ダイニングに行く」  反射的に応え身支度を整えた。階下のダイニングに入ると二十人掛けのテェブルに弟の晃継だけが座っていた。二人で食事をする、普段の光景だった。それでも俺は夜会に出席する機会に恵まれている。晃継はまだまだ幼いので屋敷に1人で取り残されることが多い。そう思って聞いてみた。 「早く、夜会に連れて行ってもらえる年になりたいか」 「はい、お兄様。賑やかな場所は好きです」  笑顔が返ってきた。  片桐とは違う考えなのだな・・・と思いながらスウプを掬う。玄関から賑やかな声がした。 「あ、父上と母上が戻られた」  心から嬉しそうに晃継は言った。晃彦は父母のことよりも、片桐のことを考えながら事務的に挨拶をした。

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