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第10話

「ああ、後は自分でするから。後で珈琲でも持って来てくれ」  案内してきた上女中にそう指示を与えると一礼して部屋から出て行った。  浴室からなかなか片桐は出て来ない。氷雨に当って相当冷えたのだろうと判断し、落ち着かなげに書斎として使っている部屋に入った。  浴室の気配が分かるように扉は開けたままにして。書斎には暖炉に火が入り濡れた体を温めてくれる。  思っていた以上に華奢な肩だった。あの身体で、あの頭でああいうことを考えていたのかなど脈絡のないことを考えていた。暖炉の火を見詰めていると自分が着替えをしていないことに気がつく。平常の俺なら着替えもせずに暖炉の火に当るなどとは考えないだろう。理性が横滑りしているようだと苦笑しながら用意してあった室内着に着替えた。  片桐が浴室から出て来た気配を感じた。すぐにベルを鳴らして女中を呼ぶ。バスロウブを羽織った片桐は落ち着かなげに佇んでいる。 「こちらが書斎だ。暖炉があるから落ち着く」  声を掛けると頷いた。湯を浴びた後の上気した頬は瑞々しい果実のようだった。  そう言って案内した。 「良い御湯だった。ありがとう」 「どう致しまして」  形式的な挨拶に唇を笑みの形に緩めると、片桐も落ち着いたようで微笑む。 「髪が乾くまで火の傍にいると良い。この椅子に掛けろ」  水滴をまとった髪を見て勧めた。素直に頷いた片桐に、 「お前は確か長男だったな。姉君はいらっしゃらないだろう」 「ああ、そうだ。妹と弟が1人だ。どうして分かった」  意外そうな顔をして聞き返した。それには答えずに、 「母君もそんなにお前に干渉しない。そうだろう、多分」と思いつくままに言った。  扉の向こうで「失礼いたします」とさっきの女中の声がした。普段なら部屋に入れるところだが、今日はその気になれなかった。部屋を出て珈琲の用意を受け取る。 「さっきの答えだが、他人の指示がないとあまり動かないだろう。上や同じ立場に立って物事を指図する人間が居ない人は得てしてそうなる」  片桐の飲み易い位置に珈琲を置いた。

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