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第16話

「いや、そうではなくて、父母とは別の自動車で行くつもりで…」 「それでも、一緒の車に同乗して参加したことは誰かが見ている。会場で落ち合おう」 「…お前がそう言うのなら・・・」  確かに華族社会は狭い。片桐の言う通りだと思った。何故気づかなかったのか悔やまれたが、原因を考えているうちに分かった。  三條の了解を取り付け、母上を説得出来て自分は浮かれていた。通常の判断力が無かったということだ。  どうして片桐と一緒に園遊会に出る事に嬉しさを感じるのだろう。話をしたいだけなら、学校の一目のないところで十分じゃないか…。そんなことを思っていると、心の奥に漠然とわいてきた思いがあった。 掴み所のない思い。それが何かを考えるが自分でも分からない。分かるのはとにかく片桐と話しがしたい。一緒に居たいと思う自分の気持ちだけだった。  園遊会当日が来た。開催時期が冬なので主催者の鮎川公爵は庭ではなく、広大な屋敷内で行うらしい。父母と共に屋敷に入った晃彦は落ち着かない様子で片桐の姿を探していた。  周りでは鮎川公爵の敬意を表してか、男性は園遊会用のタキシードではなく燕尾服を着用し、女性は昼間なので洋装の方たちは肩や胸を出すことのないイブニングドレス姿で和服の方たちは訪問着か振袖だった。 「流石は鮎川公爵ですわね。来年完成予定の帝国ホテルの料理長に内定したシェフを呼ばれてのお料理ですって。公爵家のシェフよりも味が良いと仰って」 「まああ、では早速お味をみてみませんこと。父も味にはうるさいものですから」  そう貴婦人に声を掛けられた母は父を伴って場所を移動した。晃彦は片桐が来るのを待つ為にその場を動かなかった。客をぼんやりと眺めていた。知り合いは今のところ来ていないようだ。周囲の会話を聞くともなく聞いていた。煌びやかに着飾った令嬢達が声を掛けてくるが一言声を掛けると失礼のないように遠ざかる。 「そうそう、志賀先生が新しい話を執筆中だそうだね」 「彼の作品は学習院を卒業したとは思えないくらい庶民的な話が多くて。何と言っても夏目先生の作品の方が気品に満ちていると私などは思うのだがね」 「それも一理ありますな。庶民と言えば、不景気で困っているそうじゃないか。大変そうだね。お気の毒としか言いようがない」 「庶民が貧困で困るのは別に構わないが、不衛生な彼らのことだ。疫病でも流行らされては困るね。スペイン風邪のように流行されてはこちらまで迷惑する」  その紳士たちは他人事のような口振りで不況のことを口にした。  片桐のことを思い出す。彼は庶民の味方になって物事を考えていた。そんな彼にこのような話を聞かせなくて良かったと思った。そして、庶民の貧困を何でもない様子で話している人間に対して嫌悪感を抱いた。以前だったら別にどうとも思わなかった会話だったのだが。  片桐が幾分、緊張した面持ちで部屋に入って来た。燕尾服姿の彼を見るのは初めてだ。髪も後ろに流している。その姿に心臓が一跳ねした。

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