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第17話
ふと、周囲を見回すと、令嬢達も袖を引き合って囁いている。あまり社交界に顔を出していない彼を知らない令嬢も多いはずだ。
「あの方、どちらの」
などと言う声が聞こえてきた。
失礼にならない速度で歩き彼の近くに行く。
「来てくれたのだな。嬉しいよ」
「ああ、でもオレはこういう場所は慣れていないから失礼があってはと気がかりでならない」
唇に人差し指を当てながらそう言った。
「そのような事は気にしなくても大丈夫だ。さっきお前が入って来た時、令嬢達がざわめいたぞ」
「場違いが出て来て珍しいからだろう、きっと」
「いや、そんなことはない。似合っている。その格好もその髪も」
そんな会話を交わしていると、華やかな梅模様の京友禅の振袖を着た令嬢が近づいてきた。
「晃彦様、その方を紹介して戴けないこと」
優雅に微笑んでそう言った。
「絢子様もいらっしゃっていたとは祖父も光栄です。紹介します。こちらは片桐君です。私の学友です」
「まぁ、お目にかかれて嬉しいですわ。わたくしは絢子《あやこ》と申します。苗字はございませんの」
「絢子様と仰るのですか。お目にかかれて光栄です」
片桐は内親王に優雅な微笑みを浮かべて挨拶した。絢子様は頬をお染めになられた。そのご様子に苛立ちを覚えた加藤だったが、いつもの冷静な顔は崩さない。
「片桐様も加藤様も女子部では評判の方ですもの。今日は参って良かったですわ。片桐様とお近づきになれたのですもの」
絢子様がお話しになられたのを切っ掛けに、令嬢達が寄ってくる。マホガニーで統一された重厚な屋敷の中で、年長者は奥の方で主催者である鮎川公爵を囲んでいる。そして、若い紳士淑女はその外側に居た。当然加藤も片桐も外側に居ることになる。加藤に挨拶した令嬢たちは、待ち構えていたように片桐に話し掛ける。微笑を浮かべ、そつのない会話をしている片桐を見ていると、安心すると同時に何故か不快なものが込み上げてくるのを自覚した。ふと、目を転じると三條の姿があった。
「失敬します。三條君が来たようなので」
会釈をし、三條の方へ行った。
「今着いたのか。遅かったのではないか。招待の時間から大分経っているぞ」
「それが、車が故障してしまって。まあ、鮎川公には後でくれぐれもお詫び申し上げるつもりだ」
そんな会話を交わしながらも、加藤の目は片桐の姿を追っていた。加藤の視線を感じたのか、片桐は微苦笑を浮かべた。三條も加藤の視線の先を気にしてちらちら見ていた。
「ああ、片桐君か。令嬢方に取り巻かれているな。僕やお前と違ってあまり社交場に顔を出さないので格好の話し相手になっている。あの顔では令嬢達も無視は出来ないだろうな」
その言葉に心が疼く。
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