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第18話

「そうだな。楽しそうだ」 「楽しそう?僕にはそうは見えないが」  そう言ってボゥイからシャンペンのグラスを給仕させ、加藤にも勧めた。 「あの顔には見覚えがある。君たちのような武家華族、まあはっきりと言わせて貰うと政府軍に味方したという意味だが…そんな連中と話す時と同じ表情を浮かべている。あれは心底楽しんでいる顔ではないと僕は思うのだが」 「…そうか、それは気づかなかった。俺の目は節穴らしい」  シャンペンを飲む。極上品のはずだが味は感じられない。見目麗しい令嬢が多数目につく中でも、片桐の存在がそこだけ光を当てたように際立って感じられた。 「では、片桐君をこちらへ連れてくることにする」 「その方がいいだろうな。だが、先程片桐君がお前に笑いかけただろう。あの時の笑顔は僕が目にしたことのない笑顔だった」  きっぱりと言い切った。  片桐の方に歩きながら、知っている顔に丁重な会釈をした。この園遊会は鮎川公爵が主催されているので親族や親しい者も多かった。三條と並んで歩きながら先程の彼の言葉を考えていた。「見た事がない笑顔」とはどういうことだろう。ただ、二人供歩く先々で声を掛けられたり、笑いかけられたりするので問い糾す余裕はなかった。  令嬢達に囲まれていた片桐は、二人の姿を認めると、微かに笑みを浮かべた。 「祖父が片桐君と話したがっているようですので、この場は失敬します」  咄嗟に口から出た言葉だったが、 「残念ですわ。お目にかかれて良うございましたわ。また是非お話しして下さいませんこと。今度わたくしの屋敷で行われる予定の舞踏会には是非いらして下さいませね」  などと口々に言っていた。片桐も曖昧な笑みを浮かべて承諾とも拒絶とも見える表情をしている。 「祖父に挨拶をして欲しい。紹介したいのだ」 「鮎川公にはご挨拶をしなければ」  屋敷の奥へ入っていくと、鮎川公爵が葉巻を悠然と燻らせて座っていた。間の悪いことに父母も近くに居る。片桐が不快に成らなければいいのだがと思いながら、祖父に挨拶をした。祖母は既に鬼籍に入られている。 「ああ、君が片桐君か。噂はワシのところにも届いておる。成績優秀だそうだな」 「それはお耳汚しでございました。お会い出来て光栄です」  非の打ち所のない挨拶と態度だった。横目で父母の様子を窺う。父は、場所をわきまえているのか、 「息子と親しくさせて貰っているそうだな。お互い切磋琢磨すれば良い」 と言いながらも目の光は、息子の自分ですら気持ちが冷えていくような輝きを放っている。母は、雛人形のような顔で優雅に微笑んだが、目は冷ややかだった。  この場所に長く居ては片桐が気の毒だ。

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