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第19話

 そう判断し、三條に「後は頼む」と耳打ちし、祖父に丁重な挨拶をして席を離れた。片桐も同じようにしている。 「俺に付いて来いよ。落ち着ける場所を知っている」  周囲の耳を憚って小さな声で告げた。 「分かった」  言いながら、人差し指を唇に当てていた。彼の癖らしい。 「園遊会は楽しめたか」 「オレは、緊張したが……ただこんな世界があることは初めて知った。だからその意味では楽しかったな。……妹の華子がとても出席したがっていた。招待状が無ければ出席出来ないと言ったら、屋敷に帰ったら一部始終話すことを約束させられた」 「そうか、それは良かった。妹君には宜しく伝えてくれ」  そのような事を話しながら歩いていると、全く人の気配のない場所に入り込んだ。 「ここは?」 「ああ、祖父の私的な客間だ」 「そうか…。」  言いながら周囲を見渡している。加藤はその姿を見詰めていた。燕尾服越しでも分かる腰のラインが晃彦の心を掻き乱す。禁欲的な正装は却って剥ぎ取ってみたいという衝動が込み上げる。そして、唇。指を絡ませた指から目が離せない。  覚悟を決めて一歩近づいた。緊張に顔を強張らせたまま。  園遊会の賑々しさとは異なる静寂な雰囲気が流れた。自分の鼓動だけが大きく聞こえる。 「加藤……?」  その声にふと我に返った。自分は一体彼に何を望んでいたのだろうかと。動作が止まり、自動的に頷きを返す。言葉を促されたと解釈したのだろう、彼は続けた。 「先程はオレの事を気遣ってくれたのだろう。有り難く思った。」 「それは……あの場には父上もいらしたから……」 「そうだが……ただ、オレの家にお前が居たらきっとオレの両親も同じような反応だと、そう思うから別に構わない」 「いや、そのような事ではなく……」  言葉を続けようとしてもどう言えばいいのか分からなくなった。静かに佇む片桐の姿にただ見惚れた。 「そのような事ではなく?」  唇をなぞる片桐の指が人差し指だけではなく中指も加わっていた。奇妙な、そして落ち着いた空気が二人の間を流れていた。 「ああ。ただ、ゆっくりと話したいと…そう思っただけで……」 「そうか……。この部屋は・・・…いや、お前が居てくれるからかも知れないが……とても落ち着くような気がする」  微笑を浮かべた片桐に、自分の気持ちを伝えてしまうとこの平穏な空気が無くなるかも知れないと危惧した。内心の葛藤は多分彼には伝わっていないだろう。しかし、全てを表現したいとも思った。躊躇いながら一歩彼に近づく。 「俺は……」  かすれた声で言いかけた瞬間、扉の向こうで声がした。

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