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第20話
「晃彦様、こちらにいらっしゃいますか。旦那様がお呼びで御座います」
マサの声だった。彼女は陰のように父母に付いている。その声に先に反応したのは片桐だった。今までの穏やかな微笑が消え平静な顔をしてすっと離れる。その様子を見て、
「……ああ、ここに居る」
断腸の思いで大きな声で答えた。
「済まない。父上が……」
「仕様のない事だ。謝るには及ばない。オレはここに居て良いか?」
「ああ、好きなだけ、な。昔母上とこの屋敷に来た時からの俺が気に入った場所だ。お前も気に入ってくれたようで嬉しい」
そう言い置いて部屋を出た。
「父上が何の用だ」
廊下に出て叱り付けるようにマサに言った。彼女は厳しい顔をしている。
「旦那様のご機嫌がお悪いようにお見受け致しました。皆様の前で片桐の家の人間と晃彦様が親しげなご様子でいらしたので」
「父上がご立腹か……」
「そのようにお見受け致しました。すぐにお戻り遊ばせ」
冷酷な現実を理解した。三條の快活な声が響いてきたのはその時だった。
「片桐君と親しいのは僕だ。僕がこの客間に呼び出した。そう加藤侯爵に伝えて下さい」
その意外な声に救われる思いがした。しかし、何故絶妙な場に三條が現れたのか分からなかった。マサは渋るような顔をしたが、三條の姿を見ると一礼して立ち去った。
「何故ここに?」
「簡単さ。あの場に居たら、君の父上が何かをマサに言い付けた。何を命令したかなど、すぐに分かる。それで僕が来たというわけだ」
「……助かった」
親友の心遣いに感謝の言葉が出た。三條は顔を引き締める。
「今は御両親の傍に行ったほうが良い。僕は、片桐君と話しをすることにするよ」
「そのようにご立腹か。分かった……そうさせて貰う。恩に着る」
「構わない。お前だって『後を頼む』と言って出ただろう。それに応えたまでだ。急げよ」
そう三條は言って部屋に入った。三條の姿が見えなくなると頭を一振りし、父母のもとに急いだ。
案の定、祖父様がずっと座っておられる安楽椅子の廻りに両親は居た。
「晃彦、御義夫《おとう》様が話し相手を望んでおられる。お前はずっと此処にいるように」
射竦めるような視線でそう言った。マサが先に報告していたのだろう。視線は厳しいものだったが、殺気立ってはいない。それは家族としての勘で分かった。
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