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第26話
「晃彦様、お着替えがお済みになられましたら旦那様と奥様が居間の方にお待ちでいらっしゃいます。急いでお出で遊ばせ」
「分かった。急いで着替える」
覚悟はしていたが、両親がどう出てくるのかは気になる。自室へ戻り用意されていた着替えの服を急いで身に着けると、居間に行った。扉の前で一呼吸をした。
「晃彦です。入ります」
父母の様子を窺った。父は厳しい顔をして葉巻を燻らしていた。水晶の大きな灰皿には葉巻の吸殻がおびただしく捨てられていた。母もちらちらと父の顔を見てハンケチを開いたり閉じたりしていた。おもむろに父が言う。
「そこに座りなさい。今日の軽率な行動の件で申し開きがあるなら、聞こう」
威厳を込めた低い声だった。父母の向かい側に座った。
「軽率ですか……。ただ学友の片桐君と親しく話がしたかった。それだけです」
「それが軽率だと言って居る。学校の中なら誰と親しくしてもそれは晃彦の自由だ。しかし、公の場所では加藤家の跡取りとして相応しい振舞いがあるのを自覚することだ。忘れたのか、御祖父様の仇なのだぞ、片桐家の人間というのは。そもそもそういう家の人間をあの場所に招待するとは聞いて居なかった」
責めるように冷たい視線を母に移した。横に座って居た母はハンケチを握り締めうつむいた。
「加藤家の事は忘れては居りません。確かに母上にお願いしたのは私です。」
きっぱりと言った。しかし、こちらにも言いたい事は有る。父の事も尊敬はしていた。
「ただ、片桐君の方にもこの家を責める理由は有ると思います」
座り心地の良いソファだったが、この瞬間には固く感じられた。
「それは、確かにそうだろう。ただ、晃彦が片桐家の人間と親しくする事は親戚やかつての家臣が納得はするまい。次代の加藤侯爵がそのような事では困ると言って居る」
母がそっと口を開いた。
「わたくしからも謝りますわ。晃彦さんも御父上に謝罪なさいませ」
「謝罪……ですか。罪を犯したとはどうしても私には思えないのです。軽率な行動と仰るならば、確かにその通りですが」
父は長いままの葉巻を灰皿に乱暴に入れ唇を真一文字にした。母が狼狽した顔をしている。数分間視線が対峙する。先に口を開いたのは父だった。
「加藤家の跡継ぎとして、片桐家の人間と個人的に親しいという事は到底認められない。それが家訓だと思って貰おう」
宣告するような口調だった。
「……どうしても……です……か」
「そうですわ、三條様のような方とご親友になって戴けてそれだけで充分ではありませんか。何も片桐家の人間と親しくなさらなくても」
母も父に迎合するように言った。
「三條君とも確かに親しいですが、彼は片桐君とも親しいですよ。同じではありませんか?」
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