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第30話(第二章)
本当に彼の事を想うのなら、この恋情は決して口には出せない。
片桐も困るだろう。まずは、同性である自分の告白に。あまつさえ、彼の家と自分の家との現実が重くのしかっている。
二人きりで話してしまうと、衝動的にも口走ってしまいそうで傍にも寄れない。
遠くから眺めるだけにしよう、そう決意した。
三條も自分が片桐の事を口に出さないでいると、彼の方から片桐の話題は出して来なかった。三條らしい心遣いだった。
眺めて居て気付いた事が有った。中庭で別れて以来、片桐の方からも話し掛けてくることはなかった。しかし、何かの拍子で目が合うと驚いた風に彼の大きな瞳が物言いたげに開かれ、そしてふっと視線が逸らされる。
また、黒田達と話している時は微笑を浮かべているが、自分と居た時の様に指を唇に当てる事は皆無だった。彼の癖なのかと思っていたが、そうでは無さそうだった。
学校では彼の姿を追っているだけだったが、屋敷に帰り寝台に横たわると彼の姿に欲情している自分を自覚した。
いつかの園遊会で見た、燕尾服姿、そして制服を着ている彼の姿…その服を剥ぎ取りたい。触れてみたい。直接彼の熱を感じ取りたい。繊細な指が当てられていた唇に自分の唇を押し当てたい…そんな気持ちが抑えきれない。
しかし、抑えなければならない欲望だった。
彼が自分の欲望に気付いている筈も無く、告白しても戸惑うだけだろう。そう思って、辛うじて自分の気持ちを抑え込んだ。
悶々と悩んで居る内に、お願いしていた英語の家庭教師の先生が急遽帰国する事になった。後任を探している母やマサにふと思い付いて言ってみた。
「三條君の先生はどうですか。三條家御用達の先生なら文句はないのでは」
「まああ、三條様御用達の先生ですの。それは申し分の無い先生ですわね。御都合の方は宜しいのかしら」
三條の英語の家庭教師、それは片桐の先生でもある。彼から少しでも片桐の様子を聞きたいと思った。勿論、自分の想いは秘めておかなければならないが。
「三條君を通して聞いてみますよ」
善は急げとばかりに、三條の屋敷に電話を掛けた。三條も快く先生に頼み込んでくれる事を約束してくれた。
そうして、後任の家庭教師の話は問題なく決定した。最初の指導の日、レッスンが終わって、お茶の時間に雑談を装って尋ねた。
「三條から伺いました。片桐君にもレッスンをされているそうですね。彼も私の学友です。彼の英語と私ではどちらが上手ですか」
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