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第31話(第二章)

「……好敵手ですか、片桐様と?」 「いえ、彼を尊敬しています。出来れば彼に追い付きたいと…そう思いましたので」  自分は考えて居る事が顔に出ないと三條に良く言われる。初対面の教師には自分の考えは読まれないだろうと確信が有った。しばらく沈黙が続く。 「秘密を守る義務は有りますが、この位なら申し上げても良いでしょう。殆ど同じ程度だと思います。お二人共大変優秀な生徒様です」 「そうですか。有り難う御座います。これからも宜しくお願い致します」  三條も言って居たが片桐の英語力も相当の物らしい。    季節は移り変わって行き、春が過ぎ、新緑の頃を迎えた。やはり、片桐への恋情は変わらなかった。告白してしまいたかったが、彼を困惑させる事はどうしても出来ない。そう思っていた矢先の、青天の霹靂が起った。  屋敷で大勢の使用人に囲まれながら夕食を食べて居た時だった。父母は社交に出かけて不在だった。弟と二人で会話をしながらナイフとフォークを動かして居た。その時、屋敷に入って来た車の音が微かに聞こえた。父母の帰邸だろうと思っていると、年配の使用人が告げる。 「三條様がいらっしゃいました。こちらにお通しいたしますか」  三條が夕食時に訪れる事は無い。そもそもがマナァ違反だ。何かが有ったに違いない。 「いや、部屋に通してくれ」  そう言って、食事を中断し自分の部屋に急いだ。 「この様な時間に訪ねて申し訳無い」  三條の顔が強張っている。 「それは構わないが、お前、夕食は」 「屋敷で軽く済ませてきた。それよりも、先程母上から聞き捨てならない話を伺った。それですぐにお前に知らせたいと思って来た」  女中がお茶の支度をしたのだろう、扉の向こうで控えめな声がした。三條は口をつぐんだ。晃彦の許可を得た女中が入って来る。 「この宿題が全く分からない。それでお前に頼みがあって…」  三條はノォトを広げた。わざとそうしているのが分かる。 「ああ、これか、これは厄介な問題だから、こうやって」  ペンを走らせた。そうしている内に女中が姿を消す。こうして置けば、使用人達は遠慮して入室はしない。三條は真顔に戻った。 「片桐君の事なのだが……言うべきかかなり迷ったが、お前に知らせた方が良いと思ってな」  ノォトを彼らしくなく乱暴に閉じて言った。

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