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第32話(第二章)

「彼がどうした」 「最初に確認したいのだが、お前の気持ちにその後、変化は有ったのか」 「変化……?それは彼に対しての恋情か」 「ああ、そうだ」 「いや、矢張り片桐に対しては欲望を感じている。父上達の思惑とは逆に、な。だが秘めてきた」  そう言うと、益々三條の顔が悩ましげになっていた。彼がこの様な顔をする事は珍しい。余程の事だと身構えた。 「絢子様の事は何か知って居るか」 「あの園遊会でお目にかかったきりだが」  唐突に出た名前に驚いた。自由闊達な内親王殿下だ。それだけしか知らない。 「…そうか…実は、園遊会で片桐君を見初められたらしい。恋文も送られたとか。そしてそれを周囲に仰った、とか」  周囲に漏らす…それは御内意として直ぐに公の物となる。 「……今上陛下のお耳には……入ったのか」  驚愕が顔に出た。上手く言葉が紡ぎ出せない。 「それはまだのようだ。ごく周囲の者達だけが知っている。ただ、絢子様のこれからの御言動次第では、御降嫁の話も出て来る可能性も有る。知っての通り片桐家はかつての賊軍だ。そういう家に降嫁された方も沢山いらっしゃる、過去のわだかまりを無くす為にもな」 「……それは、そうだな。」 「もし、この話が片桐家まで行ってしまうと取り返しの付かない事態になる。陛下の絡んだ縁談だと、片桐家は諸手を挙げて歓迎するだろう。片桐君の意思など関係は無くなる」  血の気が引いた。 「しかし、彼はまだ学生だぞ」  必死に考えた。 「ああ、僕達と同じ年だからな。しかし、御婚約は可能だ。婚約者として数年を過ごし片桐君が大学を卒業すれば御降嫁という選択は充分に考えられる」 「……片桐家としては名誉な事だな」 「それはそうだ。片桐伯爵家としては比類の無い縁談だ。しかし、片桐君はこの件についてどう思っているか、そして僕が一番憂慮しているのはお前の気持ちだ」 「……諦めろ。そう……言いたいのか」 「いや、お前の気持ちは良く分かっている積もりだ。お前が彼を諦めるのなら、僕は何も言えない。しかし、お前はあれからもずっと彼を見て居た。それは知っている。僕が一番尊重したいのはお前の気持ちだ」  公家華族の彼がここまで言うのは、一重に親友である自分を慮っての事だろう。三條家は御皇室との結び付きが強い。姻戚関係も有る。御皇室よりも自分の事を優先させてくれた心遣いが嬉しかった。  片桐は絢子様の事を好きなのだろうか。学校での様子を見て居る限りでは彼が恋をしている様子は無かったが、彼は自分の感情を余り表に出す方では無い。全く分からなかった。彼女は美貌と素直なお心をお持ちの方だ。片桐が惚れたとしても不思議では無かった。熟慮の末、三條に告げた。

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