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第35話(第2章)
「オレに関わるなと言ったのに、何の……話だ」
そう言いながら、人差し指を唇に当てた。晃彦は覚悟を決めて話し出す。
「絢子様と御交際するのか。恋文を貰ったとの話も聞いた」
いきなり話す積もりは無かったのに、一番気になっていた事がするりと口から出た。片桐は、何故か身体の力を抜いたようだった。
「もう伝わっているのか。戴いたのは三日前だ」
唇から指を離し静かに言った。否定して欲しかったのに、淡々とした口調だった。
「三條から聞いた。……それで……お受けするのか」
内心の動揺を押し隠す。
「お受けって何の話だ」
「だから恋文の御返事だ。御父上などはお喜びだろう」
「父上には告げていない。それに戴いた時にはやんごとなき方の戯れだと思った。だから御返事も出して居ないし、その積もりもない」
安堵の吐息が洩れるのを自覚した。
「戯れ……なのか」
「妹の話はしただろう。女子部に通っている」
「ああ、華子嬢とか」
「そうだ。妹には話した。ああいった身分の方の話は女子部では直ぐに伝わるから、知っていた。鮎川公の園遊会で御相手を探すと仰っていたそうだ。あの方は自由恋愛に憧れていらっしゃるという話で」
自由恋愛、か……自分もそうなのだと思うと苦笑が零れた。
「それで、鮎川公の園遊会で毛色の変わったオレのような者にお目を留められたのだろう」
「毛色の変わった?」
「ああそうだ。お前も居たのにな。ただオレはああいった場所には出入りしないし……。きっと珍しかっただけだ」
「俺が居た事と、お前が居た事に何か関係が有るのか?」
純粋な疑問だった。再び唇に人差し指を当てて片桐が言った。
「……。一番目立っていた。自由恋愛の相手を探すのならお前の方が適役だ。しかし、お前は以前から絢子様とは顔見知りなのだろう?だからオレにお鉢が廻って来たのだと思う」
思わぬ言葉につい聞いてしまう。
「一番目立っていた……とは」
しばらくの沈黙の後で唇を開いた。
「それは……オレから見て、あの場所でも一番目を引く存在だった」
意外な言葉だった。
その話を続けたかったが、一番気になっていた点を聞く事にした。
「しかし、絢子様と御交際すれば、片桐家の為になる」
「それは確かになるだろうな。父上などはさぞかしお喜びになるだろう。勿論母上も」
唇から手を離し、冷静な声で言った。
「では、何故そうしない」
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