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第36話(第2章)

 思慮深い彼なら、片桐家の為に婚約する事も考えた筈だ。 「オレの家はかつての賊軍。こういう家に生まれた人間はこの社会の片隅で小さくなって生きて行くのが相応しい。宮様との御交際など論外だと思った」  寂しげな笑みを浮かべて言う。彼の生い立ちからすれば、そう考えても不思議はなかったが、生まれて来る家を選択する事は誰にも出来ない。 「お前自身の幸せは、どうなのだ。過去は消す事は出来ないが未来は作り出す事が出来る」  片桐は沈思しているようだった。 「自分自身の幸せか……考えた事も無かった。ひっそりと生きてそして死んで行くだけだと思っていた」  寂しげな言葉を聞いて、掌を握り締めて決意していた言葉を紡ぎ出す。 「絢子様の件は、お断りするのだな」 「勿論だ」  心外そうに言った。 「では、俺も……ずっとお前に言いたくてたまらなかった事を白状する」  自然と力が入り通常よりも低い声になった。片桐が身じろぐのが分かった。 「お前が好きだ。惚れていると思う。言わないでおこうとずっと思っていたが、絢子様の件ではっきりした。お前を誰にも取られたくない。お前の気持ちを独占したかった」  片桐は瞳を閉じて、唇に指を当てていた。その指と唇が微かに震えているのが分かった。怒っているのだろうかと心配した。三條邸の豪華な部屋の空気が張り詰めた。じっと答えを待っていたが、沈黙が続いた。耐え切れずに口を開く。 「勿論、この様な気持ちはお前にとって迷惑だろうと思う。秘めていようとも思ったが、もう限界だ。お互いの家の事情も充分理解している積もりだ。それでも言いたかった。迷惑だったらそう言って呉れ。この言葉は一回限りで、もうお前には近付かない」  大きな瞳が開き、指の震えは止まった。 「迷惑などとは思わない。しかし、オレは……」  そう言って言葉を探しているようにふっくらとした唇が空転していた。その様子を凝視する。気付いた事が有るような顔をした。 「三條君はこの事を知っているのか。それでオレを呼び出したのか」 「ああ、彼だけは知っている」  正直に答える。彼には真摯に向き合いたかった。また沈黙が流れた。唇に当てていた指が白くなった。 「お前の好意には……応えられない」  苦しげな表情をしている。瞳から涙が一粒零れていた。その涙を見ると何も言えなくなる。

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