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第48話(第2章)

「オレの家は加藤家には仇に当る。それは知っていた。だから、黒田などの家とは違う、オレには話しかけてくるとは到底思えない。  しかし、黒田と話をしているのをいつか見た時、オレは黒田が羨ましかった。片桐家に生まれなければ……何度もそう思った。まあ、平民の家に生まれていたら晃彦とは出会えなかったとは思ったが、な。  それからはもっと、晃彦の事を見ていた気がする。お前の真面目さや天真爛漫な様子を見ている内に、顔も見るようになった。勿論細心の注意を払っていたから晃彦には気付かれなかったと思うが」  その通りだった。片桐の視線は全く感じられなかった。稀に感じた時は憎しみの目で見られていたように思う。 「ああ、全く感じなかった。それで?」  そう言って唇を奪った。 「顔とか身体も見るようになったのはいつだったかは覚えていない。黒くて澄んだ切れ長の目とか、高い鼻梁とか、眉の形が良いとか。グラウンドでオレよりも身長の高い晃彦の均整の取れた身体が俊敏に動くのを、教室の窓から憧憬を覚えながら眺めていた。  勿論、オレの家の事は重々承知している。しかし、話してみたいと思った。話し掛ける機会が有ればと、ずっと思っていた。無視されても仕方の無い事も覚悟して。  そう思って居ると絶好の機会が訪れた。あの冬の雨の日だった」 「勿論覚えている。傘を持たずに立っていた日だろう」  髪を梳きながらそう言った。 「そうだ。周りには晃彦の友達は居なかった。だから声を掛けても変ではないと決意した。断られるのを覚悟して話し掛けた」  それで、あんな顔をしていたのかと思った。その時は困っている人を見捨てる事が出来ない性格だろうと単に思っていた。 「俺だったから声を掛けたのか」 「ああ、他の人間なら、学校から電話で屋敷から傘を持たせて来るなり、自動車で迎えを頼んだりするだろう。晃彦もきっとそうする積もりだと思ったから、慌てて声を掛けた。晃彦は、嫌がらずにオレの傘に入ってくれた。それが嬉しかった」  その状況を思い出したのか儚げに微笑んだ。 「その道すがらもオレにとっては信じられなかった。拘り無く話してくれたから。そして、老人を助けたオレにも嫌がらなかった」 「何故?お前は自分の身も省みずガラの悪い人間から老人を助けた。それは美談じゃないか」  自嘲するような微笑が浮かんだ。 「学校の生徒なら、多分分かってくれない……。むしろオレの行為が乱暴だと学校に密告する可能性も有る」  その言葉にいつかの園遊会で漏れ聞いた話を思い出す。自分達の階級は特別で選ばれたものである事に自尊心を持ち、平民は虫ケラと同じだと思っている。同じ人間とも思っていない。平民達の苦しみなど理解しようともしない人間が沢山居ることを。

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