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第49話(第2章)

「オレはいつものように弱者を助けた。しかし、晃彦の前であの老人を助けたことは、敢えてだ。」 「敢えて?」 「そうだ、敢えてした。晃彦のその後の言動が見たかった。あの後、他の生徒と同じ言動を取るようなら、晃彦はやはり華族階級の人間だったと自分自身に納得させるために。そうなれば、晃彦の事も、その程度の人間で、オレが腹を割って付き合う人間ではないと自分自身に納得させることが出来る。  それなのに晃彦は加勢に加われなかった事を詫びてくれて、その上屋敷にまで招いてくれた。オレの身体を気遣って。その時思った。この人間は、オレに取っては特別だ…と。  しかし、どういう特別かは分かって居なかった。  しばらく経ってからの事だ。華子と二人きりになった時に学校であったことなどを話す習慣が有る、昔からな。  妹は笑ってこう言った『気付いていらっしゃらない?お兄様は加藤様の事をお話しなさる時だけ、指を唇に当てますわね。新しい癖でしょうかしら』と。  指摘されるまでは確かに気付かなかった。しかし、思い返してみると確かにその通りだった。何故唇に指を触れるのか…そう考えている内に分かった。  お前の唇に触れてみたいと思って、それが叶わないから指を当てていたのだと」  淡々と話す片桐に愛しさが募り、唇を重ねた。彼も目を開けて自分の顔を見ていた。満足そうに。 「園遊会に誘われた時は、とても嬉しかった。園遊会に出席する事自体ではなく、晃彦に学校以外で会える事に。躊躇は有った。晃彦のご両親がいらっしゃっる事も知っていたし、どういう扱いを受けるか…オレでは無く、晃彦が…な。でも出席するとお前に会える喜びの方が大きかった。だから出席した。園遊会で二人きりになった事は覚えているか」 「勿論だ」 「あの時、晃彦が真剣な顔をして近付いて来ただろう。その時は、晃彦に唇を奪われたかった。変だろう?」 「いや、俺こそ、お前の燕尾服を剥ぎ取りたいと思った。そちらの方がもっと変だ」  慈愛に満ちた微笑を浮かべた片桐は続けた。 「そして、加藤家の使用人が呼びに来た。晃彦は必ず叱責される…そう思った。その晩は寝台に入っても一睡も出来なかった。オレ達の関係は誰にも歓迎されない。かつての敵だからな。同性同士という点も論外だ。夜が明けると直ぐに学校に行く支度をした。晃彦の事が気になったからだ。」  一言も聞き漏らす事が無いようにじっと耳を傾けた。 「園遊会の次の日、晃彦の顔は翳っていた。いつもは笑って居ない時は平静な顔をしていただろ。御両親の叱責がかなり厳しかった事くらいオレでも分かった。だから離れた。離れて見ているくらいは許されると思った。同じクラスなのだから。オレと話さなくなってからも晃彦がこちらを見て居る事も感じていた。  オレも気付かれないように見ていた。園遊会の時もそうだ。晃彦の姿をついつい目で追ってしまっていた。他の方も沢山いらしたが、お綺麗な令嬢方よりも、晃彦の方に目を奪われていた。晃彦がオレの方を見ると堪らない気持ちになった」  三條の言っていたのはこの事だったのかと思った。彼は急に真剣な顔をして、身動きした。 「晃彦には謝らなければならない事がある。一つ嘘を付いた」 「嘘?」 「絢子様の事だ。手紙を戴いた時、『高貴な辺りからの戯れ文だから御断りすると使者の方に言った。』確かそんな事を言った」 「ああ、その様な事を言っていた」 「あれは事実では無い。本当は御返事をしたためた。『自由恋愛に憧れを持つのは姫様御1人では御座いません。私にも好きな人が居ります。だから恐れ多い事では有りますがお心には沿いかねます』と。  絢子様は御返事を華子にことづけた。その御文には『貴方の自由恋愛の方は幸せですわね。わたくしの事なら御心配には及びません。もうこれ以上、余計な言動をして片桐様のお心を煩わせませんわ。その御方とお幸せに』その御手紙が着いたのを最後に宮家からは何も仰って来ない。その後、絢子様は華子と親しくさせて戴いているようだが」  これまでの片桐の言動からして、相手は分かる。しかし、それを本人の口から聞いてみたかった。 「お前の自由恋愛の相手は誰だ」

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