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第50話(第2章)

 つい笑ってしまった。彼も微笑んだ。 「今、一番近くに居る人間だ」  そう言うと、片桐は手を伸ばし、自分の手と繋いだ。 「あの時は血が凍る思いがした。お前が手の届かない場所に行ってしまうのではないかと」  率直な心情を吐露する。片桐は、嬉しそうに微笑んだ。 「しかし、絢子様の件で三條の屋敷に呼び出した時、お前は緊張していただろう。俺はてっきり絢子様の件で緊張しているのだと思っていた」  内臓を経由して魂の一部が触れ合った今となっては、それまでは遠慮をして聞きたくても我慢していた事も聞く事が出来るようになった。 「ああ、あの時…か。三條君の呼び出しは、てっきり晃彦が告白をしてくれるものだと思い込んだ。絢子様の件など頭の中には無かった。告白されてしまえばきっぱりと断る事が出来るかどうか自信が無かったから」 「しかし、一回目の時は断わられた。あれは何故だ」 「晃彦の覚悟が分からなかったから…だ。いい加減な気持ちで言っていない事くらいは分かったが、オレが気持ちを言ってしまう事で、晃彦が加藤家の嫡男としての権利を剥奪されないかと、そう考えた。しかし、本心ではとても嬉しかった。  その後屋敷に戻って考えた。やはりこの関係には危険が多い。晃彦の未来を滅茶苦茶にする事は出来ないと、そう思った。本当に晃彦がそこまで考えて告白をしてくれているのなら、返事をしようと、そう思った」  ふと疑問点が浮かんだ。 「お前が俺の事ばかりを案じていてくれた事は分かった。お前自身の事はどうなのだ。お前だって、片桐伯爵家の嫡男だろう」 「それはそうだが、元々オレは、義務として伯爵家を継ごうと思っていた。しかし、本心は、先祖代々からの柵や、徳川様の御世が終わった時からの経緯などで、いろいろとがんじがらめになって居る。  出来るなら、弟に爵位を譲って片桐家の事など誰も知らない英国にでも行ってしまいたい。そう思って生きてきた。父上も母上も良いお方だが、片桐家嫡男としてあの閉じた空間の中で一生涯を終える事を考えると憂鬱だった。  ……それであの時の晃彦の言葉を思い出していた……『お前自身はどうなのだ』と言う言葉。断ってしまっては、もう話すことは勿論、目を向ける事もそして触れる事など論外だ。それで堪らなくなった。晃彦が家の事よりもオレの事を考えて呉れるのなら…あの拒絶に立腹していないのなら、オレの気持ちを打ち明けよう。そう決意して三條に頼んだ」  しばらく沈黙が続いた。片桐は少し不安そうな目をしていた。

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