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第58話(第2章)

「そうだな、彼の気持ちを尊重したい。彼の気持ちを聞いてみる」  そう言って、教室に戻った。  二人して教室に戻ると、三條が屈託の無い顔をして片桐の席に近付いた。一瞬、片桐の視線がこちらへ向けられたが、その後は三條と話し込んでいた。他の級友達と話しながら様子を窺っていたが、片桐の顔にも微笑が浮かんでいた。いつもと変わらない様子だった。  華子嬢に報いる為に半ば強引に三條邸での園遊会に招待して、片桐が不快な思いをしないだろうかと懸念したが、彼の正装姿をもう一度見たいという気持ちも有った。片桐の気持ちに任せようと思った。  華子嬢は公の社交場に姿を現さないので、彼女自身は気付いて居ないだろうが彼女自身は片桐と同じく魅力的な存在だ。きっと彼女に目を留める人間も多数居るだろう。その様な場所に連れ出す事で彼女の世界が広がって呉れれば良い、そう思った。しかし、それも片桐が望んでいないのなら、それはそれで彼に任せようと思った。  授業が終わる度に三條は片桐の席に英語の教本を持って行き、何かをしきりに質問している。自分も近付きたかったが、学校では話さない方が片桐の為だろうと思い、我慢をした。  片桐邸に行く約束は生きている。その時までの我慢だと思っていた。自分達の家の事情を知っている者も多い。学校でも屋敷でも軽率な行動は慎まなければどこで漏れるか分からない。  意外と狭い社会に生きて来た自分達の恋は、真実信頼出来る相手しか知られてはならなかった。その意味では、三條と華子嬢だけに留めておく方が賢明だと判断した。多分、片桐もそう思っているのだろうと理解はしていた。両親に露見する事が有ってはならない。そうなれば、この恋は破滅する。それが一番の恐怖だった、全身の血液が冷たくなる程の。  放課後、片桐は待ち兼ねたように教室を出て行った。三條が話しかけて来た。 「屋敷への招待は、華子様の意向を確かめてから返事をすると、彼は言って居た。彼の御両親が屋敷に居ない事も知った。僕は行かないけれど、お前は行くのだろう」  意味深に笑った。 「ああ。その積もりだ。お前こそ、英語を習うのでは無かったのか」 「ああ、習う積もりだ。しかし、御両親が留守で無くても僕なら彼の屋敷に行っても何も問題は無い。ああ、そうか、お前は片桐家では三條の名前で通っているのだろう。  僕が行くとややこしくなるから……片桐君に来て貰う事にする。別に我が家では片桐家の人間が来たからと言って何の問題もないからな。」  その言葉に、自分が加藤家の嫡男として生まれた事を後悔していた。自分が三條家に生まれていたならばこの様な煩悶は生まれて来ない。両親の事を大切には思っているが、今一番大切なのは…片桐の事だった。

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