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第68話(第3章)
主賓室に着く。そこには、自分の両親や三條の御両親と三條、そして華子嬢が居た。一番上座にお座りになられているのは絢子様だった。
二人で入って来た事に、父は、片桐に対して憎悪を宿した目を向けた、一瞬だったが。
母も冷たい眼差しで片桐を一瞥すると、自分の方にたしなめる様な視線を送って来た。
敏感な片桐がそれを見逃す筈は無かった。しかし、彼は何も見なかったように、華子嬢に話しかけた。
「三條君と話しは弾んだのか」
三條が、自分と片桐を二人きりにしたいが為に華子嬢を誘ったという意図は分かっていたらしい。
「ええ、お兄様、三條様はお優しい上にとても良い方ですわ」
片桐に良く似た顔が紅に染まった。三條を見ると、その言葉に表情を変えている。自分が見た事が無い表情だった。
華子嬢と三條が楽しそうに語り合って居るのを見て、自分の両親が周囲には分からない程度に不機嫌に成っているのを察した。矢張り片桐家の人間が自分の親しい三條家の嫡男と近付くのを好ましく思って居ないだろう事は察しが付く。自分が片桐と二人きりで戻って来たのだから尚更だろう。そうかと言って広大な屋敷の中で分かれた以上、三條と華子嬢を探す事は不可能だった。招待客も100人を越えているのだから。どの様に振舞えば良いのか迷って居た。片桐も微笑を浮かべて華子嬢の話しを聞いて居るが、意識はこちらに向いている事は察せられた。三條も華子嬢の桜色に染まった顔を見てしきりに話しかけて居る。自分がどう言葉を発して片桐を救えば良いのか判断に迷って居た。
自分に取って膠着した雰囲気を打破したのは、意外にも絢子様だった。
「あれは、三條様御夫妻では御座いませんこと。こちらにいらっしゃいますわ。わたくしは御挨拶を済ませましたので、席を移りませんこと。ね、加藤様、三條様。わたくしたちは場所こそ違え、同じ学校に通っている者同士なのですもの。この機会にもっと御話し致したいものですわ」
雅やかに扇をかざしながらそう仰って自分の方へ意味有りげな視線を流された。当意即妙の御言葉だった。確かに、女子部と男子部では場所は違うが、同じ学校であるのは間違い無い。自分がこの場を救いたいと思って居た相手は全て含まれる。その上、身分はこの場に居る全ての人間よりも上だ。この御言葉に逆らえる者は居ない。宮様の御心遣いに内心で感謝した。
「絢子様がそう仰るのでしたら、あちらに参りましょう」
そう言って三條を―敢えて片桐ではなく―促した。片桐もこの空気を感じているに違いなかったし、彼が自分の両親と一緒に居たくは無い事は痛い程分かる。
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