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第70話(第3章)

 もちろん、顔や身体だけに惹かれたのでは無いのだが、視覚的にも充分な魅力を持っている。  彼の全てが欲しい。  そう思った。 「三條様、今日は楽しゅう御座いましたわ」 「私もです。またいらして下さい」  ピンクの薔薇の頬をして、華子嬢が三條に挨拶している。三條も礼儀正しく挨拶を返しているが、いつもの彼の言葉とは幾分違った。熱意が感じられるのだ。片桐兄弟がフォードに乗って帰宅する。片桐はちらっと自分に視線を流したまま。 (もしや)と思う。  殆どの招待客が帰ってしまうのを見届け、三條の部屋に行った。 「華子嬢、可憐だっただろう」  水を向けてみる。 「ああ、片桐君の妹君なのだから、相当の美人だとは予想していたが、性格も天真爛漫で思慮深い。理想的な令嬢だ。僕は、華子嬢に好意を持った。彼女は僕が興味を持った中でも一番美しい。彼女には婚約者が居るのだろうか」  真剣な表情で聞く。 「いや、そこまで立ち入った事がないから、確かめた訳ではないが、多分いらっしゃらないと思う。詳しい事は明日片桐に聞いておく」  よろしく頼むという様に頭を下げた三條だが、ふと真顔に返った。 「確かめるとは…お前学校で片桐君と話していないだろう」 「ああ。だが、明日の放課後逢う約束は交わした。その時にでも聞いてみる」 「ランデヴーか。漏れない様に気をつけるのだぞ」 「ああ、用心に越したことが無いから外で逢うことにした」 「そうか、お前も頑張れよ。絢子様も応援されているみたいではないか」 「そうだな。この恋は一生に一度だと思っている。だから出来るだけ長く続けたい」 「続けたければ、用心することだな」  用心はしている。用心の内容までは話すことが出来なかったが、親友は有り難いものだと思った。  明日の放課後が待ち遠しかった。  三條家が用意した、ダイムラーが自分の屋敷に着いた。車中では三條家お抱えの運転手が居た為両親も三條家を褒め称える事しか話さなかったが、こちらへ向ける視線は―特に父親は―厳しかった。 食事が終わると、父の私室に呼び出された。母もその場に居た。 「いつぞやの鮎川公の園遊会ほどでは無かったが、片桐の息子と親しそうにしていたではないか。『公の場所で親しくするな』との叱責を忘れたのか」  母は、この前の怒りの形相ではなく困ったような、表情の選択に困ったようなお顔をされている。  この5月の季節、暖炉には形ばかりの火が入れられ、時折赤く輝いていた。その輝きがシャンデリヤに映っていた。

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